4年ぶりに行動制限もなく、多くのメディアで旅行特集が組まれたことしの大型連休。
「待ちに待った“稼ぎ時”に観光地もさぞ期待しているに違いないー」
そう思って取材を始めたものの、「このままでは不安」という意外な声を上げたのは、日本屈指のリゾート地、沖縄・石垣島でした。一体なにが起きているのか…。
取材班は大型連休が始まる4月26日から10日間に渡って、石垣島と竹富島を密着取材。見えてきたのは、私たちが“何気なく”楽しんでいる旅行が地元の人や土地に思わぬ影響を与えている現実でした。
(報道局社会番組部 ディレクター 馬場卓也)
大型連休まであと3日 “食事を提供できないかもしれない” 石垣島の不安
「4月26日に観光関連の事業者を集めて会議をする予定です」
日本各地の観光地取材を進めるなかで、石垣市の観光文化課の担当者から下りた撮影許可。久しぶりの大型連休に期待する声のオンパレードかと思いきや、主題は「観光対策」について。
集まったのは観光交流協会や商工会、飲食業組合など立場の違う10名。口をそろえて出たのが、大型連休で急増する観光客に対応できるのかという懸念でした。
(飲食業組合)
「観光客が急増するなかで、飲食店の人手が足りない」
(観光交流協会)
「コロナ前とほぼ変わらない観光客が訪れるのはありがたいが、タクシーやバスの運転手が不足していて、観光地までたどり着けない人が増えるかもしれない」
そして特に気にしていたのは、大型連休後半が始まる5月3日。
この日、石垣島には過去最大級のクルーズ船が寄港予定で、4000人を超える客が一気に押し寄せるというのです。
(観光文化課 担当者)
「3日は石垣島に到着する飛行機もほぼ満席。飲食店に観光客が殺到した場合、対応が追いつかず、食事が提供できない可能性もある。わざわざ島に来たのに、何も食べられなかったとなるとマイナスイメージしか残らないので、そこはなんとか避けたい」
観光客に食事の機会を提供するために。観光文化課は市のホームページなどを使い、石垣島でキッチンカーを営業する事業者に協力を依頼。観光客が多く訪れる地区の空き地に“キッチンカーパーク”を開設することで、急場をしのぐ考えです。
なぜ、そこまで市の職員は警戒感をあらわにしているのか。背景にあったのが、4月上旬に石垣島で開かれたトライアスロン大会での苦い経験でした。島外から多くの人が市街地に詰めかけたことで、飲食店に入れず、食事をとれないという声が多く寄せられたといいます。
会議が行われた4月26日は、観光客の姿も少なく、市街地の人もまばらだった石垣島。当初は「おおげさな…」と思っていたものの、取材後に立ち寄ったコンビニで私が真っ先に探したのは非常食。自身が食事をとれなくなることを覚悟した取材初日となりました。
観光客が戻ってきても… 飲食店から見える温度差
しかしなぜ、コロナ前からクルーズ船をはじめ、多くの観光客を受け入れてきた石垣島でこのような事態が起きているのか。私たちは街に繰り出し、飲食店の取材を始めました。
市街地にある島唄ライブが楽しむことができるバーです。コロナ禍は閑散としていたといいますが、取材した日は満員御礼。19時過ぎには40人近くの観光客が唄と踊りを楽しんでいました。
(島唄ライブバー オーナー)
「ことしに入って一気に観光客も増えて連日大盛り上がり。大型連休も予約でいっぱいだし、活気が出てきてうれしい限り。家族総出で頑張っています」
4年ぶりに戻ってきた観光客に対応すべく動く店がある一方、居酒屋の店員が話してくれたのは、コロナ禍で加速した人員確保の難しさでした。この店ではコロナ前、従業員の確保を東京や大阪などに住む若者らを住み込みで雇う、いわゆる「リゾートバイト」に頼っていました。しかし、コロナ禍でリゾートバイトに来ていた若者が島を離れてしまったため、人手不足の状況が続いていて、観光客の急増に接客が追いつかないというのです。
(居酒屋 店員)
「観光が復活してきたとはいえ、まだまだリゾートバイトをしたいという若者は多くない。いまは島に残る少ない人手を飲食店はもちろん、ホテルやタクシー、いろんな業種で取り合っている状況」
滞在期間中、複数の飲食店を利用しましたが、店頭やトイレに求人募集が貼られている店も多く見受けられました。なかには「人手不足で少ない従業員での営業のため、入店規制をさせていただく場合もあります」など、人繰りの苦しさを訴える店も。多くの飲食店がぎりぎりのなかで島民、そして観光客をもてなしていました。
“水牛はいるけどガイドはいない” 竹富島名物 水牛車が休業に…
深刻な人手不足は観光の“質”にも影響を及ぼし始めています。訪ねたのは、石垣島の隣にある竹富島。
のんびりと水牛車に揺られながら、沖縄の伝統的な赤瓦屋根の町並みを回るツアーが観光客に人気です。
これまでは島にある2社がツアーを催行していましたが、そのうちの1社が水牛車のガイドを確保できず、4月から休業状態。求人を出してはいるものの問い合わせはなく、再開のめどはたたないといいます。
(新田観光 新田長男さん)
「この時期、多いときには1日20回ほどツアーを出していたが、いまはゼロ。観光客が戻り始めたいま、島の名物を提供できないことが非常に迷惑をかけてしまい申し訳ない」
“収入はあがらない” “増えるゴミ” 観光客増加で悪影響も…
竹富島を取材していると、いまこれ以上の観光客を受け入れても、島にとってプラスにはならないと不安視する島民に出会いました。
(竹富島地域自然資産財団 市瀬健治さん)
「竹富島の観光客は9割が日帰りで、主な観光収入は昼食と水牛車ツアーやレンタサイクルなどのアクティビティー。人手不足でそうしたお金を使う機会の提供も満足にできないなかで観光客を迎え入れても、島の生活の豊かさには直結しないのではないか」
懸念はそれだけではありません。市瀬さんが案内してくれたのは島の玄関口、フェリーターミナルのゴミ箱です。
観光需要が回復する一方で増えているのが、ゴミの量。
300人近くの島民に対して、コロナ前に訪れていた観光客は年間50万人。観光客が出すゴミの処理が重い負担としてのしかかっているのです。
島ではゴミ処理などにかかる費用を補填(ほてん)しようと、4年前からは観光客に“入島料”として300円の協力金を払ってもらう制度を導入しましたが、徴収率は1割程度。目標の金額には遠く及ばない状況です。
(竹富島地域自然資産財団 市瀬健治さん)
「現状は財源を確保できず、島民のボランティアなどに頼らざるを得ない状況。このままでは島民は疲弊するだけで、キャパシティーオーバーになってしまう」
大型連休スタート 急激な需要回復で石垣牛も食べられない!?
島民が不安を抱えるなかで始まった大型連休。初日の4月29日には市街地も観光客でにぎわいを見せ始めます。
石垣島の特産「石垣牛」を扱う焼き肉店も、この連休は観光客の予約ですでに満席だといいます。その一方、店長はある不安も口にしていました。
(焼き肉店 店長)
「このままでは人手だけでなく、石垣牛も不足するのではないか」
一体、どういうことなのか。
訪ねたのは、石垣牛を育てる農家です。急激な需要の増加で供給が追いつかず、このままでは観光客に行き渡らない可能性があるというのです。
(JA石垣牛肥育部会 上江洲 安生 部会長)
「コロナ禍で石垣牛の需要が激減したことで、一部の農家では飼育頭数を減らさざるを得なかった。和牛は出荷までに2年以上かかるため、どうしても時間がかかる。その上、最近は輸入飼料や牧草も高騰しているため、子牛を増やしても出荷時に利益が出るか分からない。コロナ禍で損をした農家も多く、増産に踏み切れない。観光客が増えても、このままでは全員に行き届かなくなる」
増産に踏み出せずに頭を悩ませる石垣牛の農家たち。
そうしたなかで、少量でも満足のいく石垣牛を提供しようと動く農家に出会いました。
こだわりは石垣島でしかできない牛の飼育。他の農家が輸入に頼る牧草をみずから栽培。化学肥料に頼らず、牛の堆肥を使用するなど、石垣ならではの和牛を突き詰め、新たな価値を生み出したいといいます。
(和牛農家 小波本英良さん)
「せっかく石垣島を選んで来てくれるので、食べた人の脳天をぶち抜くような味、一生忘れられないインパクトを与えたい。量を追うことはできない分、質にこだわって観光客の欲求に応えられれば」
Xデー到来 果たして4000人を受け入れられるか…
観光需要の回復を歓迎する一方で、十分に応えることができないジレンマに悩まされる島民たちをよそ目に、ついに大型船が就航する「Xデー」、5月3日がやってきました。
午前10時。晴天の石垣島の港に姿を現したのは、全長315メートル・高さ65メートルの大型クルーズ船「MSCベリッシマ」。
思わず、“でかい…”と声を上げてしまうほどの大きさです。
クルーズ船を下りた約4000人の客は出迎えの大型バスで市街地へ。
連休前の28日と比べると商店街の様相は一変。多くの島民が懸念していた通り、街は観光客で埋め尽くされました。
「精肉」「鮮魚」「果物」など地元の特産品を扱い、島の台所とも呼ばれている「公設市場」。イートインスペースも併設されているため、地元の人だけでなく観光客にも人気の場所です。
客足が増えることを見越して、市場では急きょテーブルを追加し、食事ができるスペースを1.5倍に増設。
食事を提供する店は、従業員の家族や協力会社に応援を依頼し、観光客に対応しました。昼時には席は観光客でいっぱいになり、店の前には行列ができたものの、準備を進めていたおかげか大きな混乱は見られませんでした。
夜になっても観光客の姿が途切れることはありません。
市がホームページで出店を呼びかけたキッチンカーパークには、7台のキッチンカーが集結。島の伝統料理「八重山そば」など、キッチンカーが提供する料理を堪能する多くの客の姿が見受けられました。
すでに用意していた料理が売り切れ、早めに引き上げた業者もいました。
(大阪から来た観光客)
「野外で島の空気を感じながらいろんな食事が味わえて、とても満足度が高い。飲食店も予約していなかったので、ふらっと入れてラッキーだった」
ことしは乗り切った石垣島 今後はどうする?
店舗の協力や事前準備のおかげもあって、危惧していた最悪の事態は避けられた石垣島の大型連休。一方で、観光文化課の西銘課長はまだまだ取り組むべき課題が多いといいます。
(観光文化課 西銘基恭 課長)
「今回の大型連休は中国をはじめ、コロナ前に来ていた外国人が少なかった。今後は外国からの観光客もさらに増えてくることが予想される。人手不足など解消できていない問題は多々あるので、今回の課題を聞き取って態勢を整えていかないといけない。石垣島は観光の島として栄えてきた側面もあるので、島民と一緒に持続可能な観光を模索していきたい」
ふだんの生活では体験できない、味わえない“非日常”についつい興奮してしまう旅行。一方で、自分が感じている非日常は、そこで暮らす地元の人にとっては“日常”だということをどこかで忘れていたような気がします。旅行を楽しむことができるのは、そこに暮らす人たちの優しさがあって成り立っている。その優しさを踏みにじらないように、これからの観光を楽しもう。そう強く感じた10日間の取材となりました。
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