中古車販売大手「ビッグモーター」が行っていた不正な保険金請求。
外部の弁護士による特別調査委員会がまとめた報告書によると、故意に車体を傷つけて修復範囲を広げたり、不必要な部品交換を行うなどして修理工賃を増やしたりなど、様々な手段を駆使して、保険金の水増し請求をしていたことが明らかになりました。
NHKにはいま、こうした悪質な行為を「自分も行った」「見聞きした」などの元従業員らの声や「被害にあった」と訴える消費者の声が、相次いで寄せられています。
独自取材から見えてきたのは、ビッグモーターの成果至上主義といびつな企業風土の実態です。
(クローズアップ現代 取材班)
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不正に加担した元従業員 ゆがんでいった倫理観
「台風で傷ついた車に、物が飛んできて当たったかのように見える傷を追加でつけたり、エンジンを冷却するラジエーターをわざと破損させたり、こうした行為は日常茶飯事でした」
ビッグモーターにおよそ10年間勤務していた男性の証言です。
車のボディについた傷やへこみを修復する板金部門の工場長をつとめていました。不正を始めた当初は罪悪感にさいなまれたものの、だんだんと感覚がまひしていったといいます。
「最初はこんなことしてもいいんだろうかという気持ちはありましたが、長くこの会社にいることで、自分の心はむしばまれてしまったんだと思います。利益を出すために不正を行うことが当たり前と思うようになっていきました」
(調査報告書)
今月18日に公表された調査報告書の中では、検証対象となった案件のうち、不適切な行為が行われた疑いがあったものは、およそ4割とされ、調査を行った半数近くの作業員がこれまでに「不正な作業に関与したことがある」「不正な作業に関与しているのを見聞きしたことがある」と回答しました。
“上命下服”の企業風土がもたらす 異常な空気
なぜ、不正はまん延したのか。
調査報告書に、その主な原因としてあげられていたのが「会社が売り上げの向上を最優先としていたため」というものと、「上司からの不正な指示に逆らえない雰囲気があったため」というものでした。
( 調査報告書「会社で不適切な保険金の請求につながる不正な作業が行われた原因」)
ビッグモーターでは、修理をする車1台当たりの工賃と部品の粗利の合計金額は@(アット)と呼ばれ、その目標値を平均で14万円前後に設定していました。
不合理なノルマに追い詰められた同僚が不正行為に及んでいることを知りつつも、見て見ぬふりをしてきたという元従業員の証言です。
「大きな破損、例えば大破した車であれば目標値に至りますが、軽微な破損であれば、工賃で3万円ほどにしかならず、とても14万円には達しない。車にチョークで線を書いて損傷があるように見せかけたりなどしていました。皆、ノルマを達成するのに必死です。でも、会社に意見することは許されませんでした」
たとえ無理な目標であっても、上に物を言えない、いびつな関係性があったと見られることは、毎年すべての社員に配られているビッグモーターの「経営計画書」から読み取ることができます。
(ビッグモーター 経営計画書より)
『指示された事は考えないで、即実行する。上司は部下が実行するまで言い続ける』
『経営方針の執行責任を持つ幹部には部下の生殺与奪権を与える』
こうした風土をあらわす象徴的な業務が、月に1度、社長や幹部が全国の店舗を視察して回る「環境整備点検」です。身だしなみや店舗の清掃状況など職場環境が整っているかをチェックして、点数化していくというものでした。
(環境整備点検で使われるチェックシート)
現場の張り詰めた緊張感を、販売店の元店長だった20代の男性が証言しました。
「例えば、全員が名刺入れを持っているかどうかなどを見る。そのほかにも、机の脚や椅子のキャスターの裏なども見る。もし汚れがついていたら写真を撮られて、「はい、ダメだね」とバツをつけられる。あらさがしをしているような感じのものもあります。点検表には、各項目に10点などと記載されていて、150点から減点していくような形でチェックしていく」
男性は、環境整備の前日は夜を徹して準備に追われていたといいます。
また、この結果が人事評価やボーナス査定にも使われていたとされるため、社員にとって大きなプレッシャーになっていました。
「2回連続して70点を割ると店長は降格となります。ですが、実は、店舗がきれいに掃除されている、されていないだけの判断にとどまらず、点検に来ていた本部や役員の分の点検チェックシートを人数分用意していなかったら最初から0点で、どれだけバツやマルがつけられようとも関係ないということもありました。ほかにも、チェックにきた本部や役員の機嫌を損ねただけでいきなり降格になったという人もいて横暴な処分だったと思います。そのため、環境整備点検がある前日は、タイムカードを切った上で、夜中の12時、1時まで必死になって準備や清掃を行っていました」
適正な手続きを無視した降格処分が頻発していたビッグモーター。
調査報告書でも「降格処分を受けた明確な理由の説明もないまま、経営陣の判断ひとつで、ある日突然処分が下されるような異常な人事が常態化している中で健全な労使関係が形成されることはおよそ期待し難い」とし、常に経営陣の顔色をうかがいながら、体裁を取り繕うことばかりに気を遣ったいびつな企業風土が、不適切な保険金請求が行われた原因のひとつであると分析しています。
なぜ、こうした理不尽とも思える方針を掲げる会社に従い続けたのか。その大きな理由のひとつとして、男性は、上層部の期待に応え、評価を受けることで得られる高額の給与があったといいます。
「僕は月の手取りで100万円、年収は1000万円を超えていました。他にも年収が3000万円を超える人、一般的な中小企業の社長さんぐらいもらっている人たちもいました。一度得た給料があると、そこから生活水準を下げるというのがとても難しい。なので、その高い給料を守ることができるのであればという思いだけで従い続けていたという感覚です」
(ビッグモーターのホームページに掲載されていた収入例) ※現在は削除されています
保険金の水増し請求にとどまらない? トラブルを訴える声も…
今月25日、ビッグモーターは保険金の不正請求問題が発覚して以降、初めて記者会見を開きました。
報道陣から、不正行為は板金・塗装部門以外でも行われていたのではないかと問われると、「調査を検討し、問題が明るみになれば対応する」と幹部は回答。
ビッグモーターへの信頼が揺らぐ中、整備や売買時のトラブルを訴える消費者もいます。
大阪で暮らす80代と50代の親子。高齢の母が買い物などに行くときに欠かせない手段として、長年大切にしてきた車の整備を行おうと考えたことが始まりでした。
「母の車のオイル交換のためにビッグモーターを訪れたところ、『点検をしたら危ない箇所が見つかりました』と言われました。そこで、“母の安心安全には変えられない”と、高額な修理を行うことに。しかし、明細に記載があったにも関わらず、『実際には整備が行われていないのでは』という箇所がいくつもあったのです」
男性は、ビッグモーターからの提案で、マフラーの塗装やエアコンの清掃、部品カバーの取り替えなど、20を超える項目の整備を行ったといいます。
その明細書です。およそ14万円もの金額を自己負担で支払いました。
男性は今回の一連の不祥事の報道を受け、改めて母の車を確認したところ、「ほんとうに整備されたのか」と疑う箇所が見つかったといいます。
ブラックに塗るといっていたシャーシは、元のシルバーのまま。塗装を依頼したはずのマフラーは錆びつき、作業された形跡が見当たらなかったといいます。
部品の修理や交換、清掃は正しく行われたのか。
ビッグモーターを信用して車を預けた母を裏切るような行為に、男性は憤りを感じ、不信感が募る一方だといいます。
「すでに作業は完了し、車を返却されているので、いまさら対応してもらえるとは思えない。一体、誰にこの怒りややるせなさをぶつければいいのか。非常に腹立たしい」
また、整備不良で命の危険を感じたと訴える契約者もいます。
ビッグモーターから、およそ400万円で中古車を購入した男性です。
納車の帰り道、オイルメーターが動いていないことに気づき、車の状態を確認したところ、マフラーの複数箇所に穴があいており、セルフモーターのアースの配線は切れていて、さらには、シートベルトのストッパーもきかない状態でした。
ビッグモーターから渡された点検表には、マフラーやシートベルトなど、男性が不具合を訴えた箇所には、点検済みのチェックが入っていました。そこで改めて購入時の担当者に確認を行いましたが、「整備した」との一点張りで今も解決していないと言います。
「もし、整備不良が原因で事故が起きていたらと思うと…今回はたまたまそういうことがなかっただけかと思うと怖い」
そのほかにも、自社の利益を第一に考えるような姿勢に対して、トラブルを訴える多くの声が寄せられています。
(NHKの情報提供窓口「ニュースポスト」に寄せられた声)
『車のドアが破損したので、ビッグモーターに持っていくと、ドアを1枚付け替えることに。しかし、出来上がりを見ると、明らかに他の3枚のドアと色味が違う。別のメーカーに持っていき、状態を見てもらうと、その1枚のドアは上から別の塗料を塗り重ねているように見えると言われた。そこで、塗料を剥がしてもらったところ、下から傷だらけの中古のドアが現れた。つまり、中古で傷だらけのドアを使い、よく似た色を塗り重ねていたということになる』
『当時所有していた車を査定に出したところ、ビッグモーターが200万円で買い取るとのこと、すぐに契約書を交わした。車を引き取っていった数日後、「この車には事故歴があったので、30万円査定額を下げる」と連絡があった。しかし、これまで事故を起こしたことはなく、言いがかりだと感じた。担当者は、すでにこの車を買うお客は決まっているのだから、いまさら、車は返せないとのこと。知人の力を借りてことなきを得たが、泣き寝入りするところだった』
今回の番組は、NHKの情報提供窓口「ニュースポスト」に寄せられた投稿を元に多くの取材を進めています。
これからも身近に起きている様々な出来事の情報をお待ちしています。みなさまの声をお寄せください。
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