「デイヴィッド・ホックニー展」東京都現代美術館 2023年 「春の到来 イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年」より ポンピドゥー・センター © David Hockney Photo: Kazuo Fukunaga
日曜美術館ホームページでは放送内容に関連した情報をお届けしています。こちらは9/24放送「そして、春は巡りくる デイヴィッド・ホックニーの芸術」に合わせたコラムです。
ホックニーはこれまで銅版画、リトグラフ、キャンバス作品、フォトコラージュ、コピー機やファックスを使った作品、iPadで描いた絵画、ARテクノロジーを取り入れた作品など、非常に柔軟に技法の横断を行ってきています。しかしホックニーが絵に込めている思いは変わりません。「作品を通じて何かに近づいてもらいたい――それが絵をかく者の願いである」(『デイヴィッド・ホックニー「僕の視点――芸術そして人生」』 1993年 美術出版社 訳:斉藤泰嘉)。世界を豊かに見るヒントを、ホックニーの作品から探ります。
水の表現/スイミングプール
「スプリンクラー」 1967年 東京都現代美術館蔵 © David Hockney
ホックニーはイギリス出身ですが、1964年、カリフォルニアに拠点を移します。移った当初、現地の人々から自宅に招待されると、庭には、当たり前のようにスイミングプールがあり、芝生が敷かれスプリンクラーが回っていました。そのことが水の描写に邁進するきっかけとなりました。
とりわけプールは水の描き方を探求するのに役立ったようです。ホックニーが64年に移ったスタジオはサンタモニカなので海は近かったはずですが、不思議と同じ水でも海を題材として描いた作品はこの時期に見受けられません。
「海は僕にはつねに同じ色、同一の躍動のパターンに見える。しかし、スイミングプールの表情は、こちらの意のままである――その色合すらつくれるのだ――そして、その躍動のリズムは、空を映すばかりではない、その透明さゆえに、水の深みもまた映すのである」(『ホックニーが語るホックニー』 1984年 PARCO出版 訳:小山昌生)。プールはそのときどきの環境条件によって多様なパターンを見せるから関心が向かうようになったと語っています。
「水はどういうものにもなりうる――どんな色にもなるし、動きやすく、決まった視覚的特徴というものがまったくない」(同書より)。
版画作品
「午後のスイミング」 1979年 東京都現代美術館蔵 © David Hockney / Tyler Graphics Ltd. Photo: Richard Schmidt
今回の大規模な展覧会は、銅版画を用いた1969年作のラッパスイセンの絵と、iPadを使って2020年に描いた同じ種類の花の絵の併置から始まります。この2枚を見比べてみても、ホックニーが古典的な手法も最新のツールもその特質をよく理解しながら、そこから新鮮な絵画を生み出すことに長けていることがわかります。
そして版画は、ホックニーがこれまで精力的に取り組んできた分野のひとつで、どの作品にもその性質を巧みに生かした味わい深さがあります。たとえばホックニーの銅版画ではエッチング、アクアチント、ソフトグランド・エッチングなどの技法が用いられていることが多いですが、繊細な線を描くのに適したエッチング、ハーフトーンの美しい面をつくるのに長けたアクアチント、絵肌の質感にアクセントを加えるソフトグランド・エッチングといったようにそれぞれの特徴があり、その使い分けや相乗効果の出し方が見事です。
ホックニーが手掛けた版画には、他にリトグラフ、カラーコピー機や、ファックスなどを使った作品があります。近年のiPadを使った絵画でもそうですが、ホックニーはそのとき手にした“絵筆”を巧みに用いながら、身近な事物を「きらめく日常」として私たちに見せてくれます。
遠近法
「龍安寺の石庭を歩く 1983年2月、京都」 1983年 東京都現代美術館蔵 © David Hockney Photo: Richard Schmidt
ホックニーは70年代中頃から、オペラの舞台美術もたびたび手掛けました。そうした中で、鑑賞者が作品空間に入り込めるようにするにはどうすればいいのかという問題を、強く意識するようになりました。それを解くカギとなったのが「遠近法」です。熟考を重ねた末、西洋で確立されてきた一点透視図法とは異なる遠近表現を用いることで空間が面白くなり、観客を作品の中に引き込むことができるということを認識しました。
その気づきは、ホックニーが1983年から集中的に制作したフォトコラージュの作品にも活かされています。ホックニーは言います。「たいていの雑誌で見ている写真はじつのところ世界を狭く見る見方なんですよ。もっと深く、もっと豊かに世界を見れるはずなんだ」(『デイヴィッド・ホックニー』 1990年 新潮社)。一点透視図法でカメラを覗くと人間は絵の中には入れないが、多くの視点をもってそれを行えば人間は空間にひきこまれると、独自の表現を確立しました。そうすることによって写真の体験はこれまでと違ったものになり、「空間のなかでの見る人になるんです」。
「スタジオにて、2017年12月」 2017年 テート蔵 © David Hockney assisted by Jonathan Wilkinson
展覧会情報
◎展覧会「デイヴィッド・ホックニー展」は11/5まで、東京都現代美術館(東京・江東区)で開催中です。