中谷芙二子の「霧の彫刻」が体験できる場所

NHK
2023年9月3日 午前9:00 公開

「白い風景—原初の地球 霧の彫刻 #47769」 オールひめじ・アーツ&ライフ・プロジェクト 2023年 姫路市立美術館 撮影:山元史朗

日曜美術館ホームページでは放送内容に関連した情報をお届けしています。こちらは9/3放送「天にささげる“霧” 霧の彫刻家 中谷芙二子」に合わせたコラムです。番組で紹介しきれなかった情報として、現在国内で中谷芙二子の霧の彫刻を体験できる場所をご案内します。

「自然と人間の間の信頼関係を取り戻したい」。中谷芙二子は霧の彫刻をつくる動機についてこのように語っています。噴出する霧に純水が使用されていることにもその思いが表れています。真水を使用し、なおかつ何回もろ過の過程を踏んでおり飲み水としても使える純度になった上で噴射されます。液体窒素を使ったスモークのようなケミカルフォグとは違い、自然な霧そのものなのです。またその霧の動きは普段目に見えない大気の動きを私たちに教えてくれます。自然への敬意を前提とした、芸術と科学の融合による作品です。

姫路市立美術館 庭園アートプロジェクト

「白鷺が飛ぶ 霧の彫刻 #47769」 オールひめじ・アーツ&ライフ・プロジェクト 2022年 姫路市立美術館

姫路市立美術館前の庭園では複数年にわたって「庭園アートプロジェクト」が開催されており、2022年、2023年、2024年と連続して中谷芙二子の霧の彫刻が3部作として制作され公開される特別な機会です。2023年に見られる作品は「白い風景―原初の地球」。美術館正面入口の前に立つブールデルの彫刻の周り一帯を包み込むように霧が立ち上ります。

毎時0分と30分の2回。霧が現れ始めるとどこからともなく子どもたちが集まってきて、霧の中に吸い込まれていったかと思うと、白い闇のあちこちから楽しげな声が聞こえてきます。その印象は常に同じではなく、天候、大気の流れ、時間帯、そして霧の中に入る人々、それらのかけあわせで一緒に創り上げられる1回性の作品です。一定の時間が過ぎると霧はたちどころに消滅し、辺りは舞台が終わったときのような余韻に浸されます。

◎庭園アートプロジェクト―風景を聴く―「中谷芙二子《白い風景―原初の地球》霧の彫刻 #47769」は2023年11月26日まで姫路市立美術館庭園で開催中です。霧の発生時間など詳細は美術館ホームページをご覧ください。

長野県立美術館

「霧の彫刻 #47610 Dynamic Earth Series I」 2021年 長野県立美術館 撮影:髙木純也

中谷芙二子の霧の彫刻はその場所の地形や気候などと呼応して固有の体験をさせてくれます。“ランドスケープ・ミュージアム”を標榜して2021年にリニューアルした長野県立美術館での体験も唯一無二です。

長野県立美術館と、隣接する東山魁夷館を結ぶ水辺テラスでは定期的に5分ずつ噴射された霧が水の上を進みながらかたちをつくります。たなびくような霧のときもあれば、入道雲のように大地からモクモクと立ち上がるときもあります。2つの美術館をつなぐガラス張りの連絡ブリッジの中の人も、テラスにたたずむ人も、白い霧にすっぽり包み込まれる体験を味わえます。傾斜地に建てられた水辺テラスはその先で公園とつながっていますが、霧の発生と同時に公園から子どもたちが一目散にやってきて霧とたわむれる様子を目にできることでしょう。

長野県立美術館は正面には善光寺、そして周りを見渡せば山々に囲まれています。大気の流れを受けながらかたちをなす霧の彫刻、そして空、山。「ダイナミック・アース」と名付けられた本作は、文字通り地球の胎動を体感することができます。

◎「霧の彫刻 #47610 Dynamic Earth Series Ⅰ」霧の発生時間など詳細は美術館ホームページをご覧ください。
※発生時間は当日の天候などにより変更される場合があります。
※11月下旬から4月上旬までは凍結防止のため休止となります。  

中谷宇吉郎 雪の科学館

「グリーンランド氷河の原 霧の庭 #47704」 1994年 中谷宇吉郎 雪の科学館 撮影:潮津 保

「自然を見る眼が親愛の情を失えば、相手も決してその本性を明かさないものである」。中谷芙二子の父親にして、世界で初めて人工的に雪の結晶をつくったことで知られる物理学者・中谷宇吉郎の言葉です。ふたりはその根底にある自然に対する姿勢が共通しています。中谷宇吉郎 雪の科学館を訪れると、宇吉郎氏の業績を学べると同時に中谷芙二子の自然や科学に対する姿勢のルーツを知ることができます。

雪の科学館の中庭には霧の彫刻「グリーンランド氷河の原 霧の庭 #47704」が常設されています。北極圏のグリーンランドは宇吉郎氏が晩年、雪氷研究に打ち込んだ場所。中谷芙二子はこの作品をつくるにあたってグリーンランドに渡りました。グリーンランドの環境・文化大臣から許可を得た上でグリーンランドの氷河の石を60トン分当館へ移設。その上から霧が立ち上る“霧の庭”をつくりました。霧の向こうには湖や名峰・白山が見え、また夕刻となれば、その先に夕日が沈む様子にも出会えます。館内では雪の結晶を人工的につくる実験の実演なども見られ、子どもたちもこの場所でいろんな発見をするはずです。

◎「グリーンランド氷河の原 霧の庭 #47704」霧の発生時間は美術館ホームページをご覧ください。

国営昭和記念公園こどもの森 「霧の森」

「霧の森」 国営昭和記念公園こどもの森 撮影:小川重雄

中谷芙二子が初めて霧の彫刻を発表したのは1970年。大阪万博のパビリオンのひとつ、ペプシ館で行いました。その後、霧の彫刻を子どもたちの新しい遊具として公園に導入する初の大規模プロジェクトが計画されました。それが東京・立川市にある国営昭和記念公園の「霧の森」です。80年代半ばに設計に着手し、1992年に実現。50年以上にわたって続けられている霧の彫刻の中でもとりわけスケールの大きなもので作者自身の思い入れも深い作品です。

「未来をになう子どもたちためにこそ霧の彫刻をつくりたい」。このときから今日に至るまで中谷芙二子の原動力は変わっていません。

◎画像は1992年当時のものです。現在の状態は国営昭和記念公園のホームページをご覧ください。

作品中の図版すべて ©Fujiko Nakaya