獣害を転じて福となす ~雅(まさ)ねえと中国山地の物語~

NHK
2022年6月11日 午後10:50 公開

(2022年6月11日の放送内容を基にしています)

中国地方の山あいの町。野生動物に田畑を荒らされる「獣害」が原因で、先祖代々、守り続けていた家や農地を手放す事態が広がっている。国の調査では、いずれ消滅する可能性がある集落は、全国で3200か所近くに上っている。そんな獣害に苦しむ全国各地から、いま引っ張りだこなのが、獣害研究家・雅(まさ)ねえ。国の研究機関に勤めていた獣害対策の専門家で、誰でも簡単に実践できるアドバイスで知られている。

獣害研究家 雅ねえ「イノシシとかアナグマ、安心できるところが好きなんです。こっちから(やぶの中に置いた)袋、見えへんでしょ。あれがもしタヌキやとしたら、タヌキからはこっち全部見えてるんです。人間がここをタヌキに気が付かんと歩いたら、『人間って怖くない』って覚えていきよる。どないしたらええか言うたら、せんていばさみを持って来て、すその枝だけ、ちょきちょきと切ったら、タヌキが寝とるの丸見えになる」

動物の目線から考えていく発想の大転換。

雅ねえ「『獣害』って言うから、動物が悪いってみんな思い込むんやけど、動物はエサのあるところ、安心して食えるところへ来てるだけ。その動物に『ここに住もう』って思わせたのは人間。なんでそう思わせてしもうたか考えながら、動物に『こんなところ住んでも仕方ないやん』っていうメッセージを伝えたら、それで終わり」

雅ねえの獣害対策の主役は住民だ。初めは戸惑いやもめごともあったが、みんなで壁を乗り越えた。そしてなんと、急速に人口が減った過疎の町に、やがてにぎわいが戻った。若い移住者も増え、新しい命も誕生。明日への希望を取り戻した。「獣害を転じて福となす」。日本のどこにでもある山里の、どこにもない物語の始まり始まり。

獣害がいま、どれだけ人々を苦しめているのか。

ここは、今日の物語の舞台のひとつ、岡山県美咲町です。深刻な獣害に悩まされ、人口減少率は岡山県内でトップです。農繁期を迎えた集落に、この日も招かれざる客がやってきました。田んぼをイノシシが荒らしています。

「こういう穂になったらだめじゃ。わが身の米じゃけど、これはもうだめよ。せっかくここまできてな、これもうだめ」

米農家の延原良治さん。田んぼに柵を張り巡らせ、対策をしてきましたが・・・。

延原良治さん「シシは、削って掘って穴開けて、頭だけ突っ込んで入ったという感じ」

延原さん「私の考えではこれがベストじゃろうけども、シシにとってはまだもうひとつ上手(うわて)があるんかもしれない。これが限度じゃな。人間さんは」

今度は畑。何々?どうしたんですか?

湯浅万里子さん「ウリ、きれいに食べとる」

湯浅万里子さんのウリは、変わり果てた姿に。

漬物にして孫に送るはずでした。

獣害は、農作物だけでなく農家の生きがいをも奪っています。最新の調査によれば、5年間で町の農家の2割が、離農を決めました。

湯浅さん「(動物には)勝てん。勝てない。勝てたところはないと思うで。サル、イノシシに勝てたとこはないと思う。そんな勝てた地域があったら勉強に行きたいわ」

お呼びがかかれば愛車を走らせ、東へ、西へ。SOSの声が、全国から「雅ねえ」のもとに集まってきます。本名、井上雅央さん。国や県の研究機関でチームリーダーを長年務めていた、獣害対策のエキスパートです。定年後、雅ねえと名乗り、全国をめぐってアドバイスを続けています。

去年春、雅ねえは、獣害に苦しむ岡山県美咲町に招かれました。

わらにもすがる思いで集まってきた町の人たち。これまで獣害対策で設置された柵の長さは、250キロ以上。しかし、被害は減っていません。まず、町長が挨拶に立ちました。

岡山県美咲町 青野高陽 町長「猟友会駆除会員の新たな加入促進と新規狩猟免許の取得経費の全額負担や、狩猟免許更新に対する経費を一部補助する制度は、令和3年度も継続してまいります。また、箱ワナにつきましても、昨年度と同規模の20基程度は貸与数を確保し設置を進めてまいりますので、どうぞよろしくお願いします」

雅ねえは、おもむろに自分の考えを話し始めました。

雅ねえ「私の畑にイノシシが出てくるようになった。最初は1年に1回か2回やったのに、だんだん回数が増えてきて、1匹しかおれへん思うとったのに、ふと見たら親子でおる。5匹も6匹もおる。これは何が起きたか。被害って考えるんじゃなしに、起きていることを素直に見れば、私が私の畑を使ってイノシシの餌付けに成功しただけのこと。だから悪いのはイノシシではなくて、餌付けに成功した人間ということです」

さらに、獣害対策の主役は誰なのか、考え直す必要があると話しました。

雅ねえ「主役は農家や、住民や。だから、柵を作ってあげました、とってあげましたやないです。柵は何キロ補助しました。でも(柵の)中でイノシシ走っています。これは(獣害対策を)したふり。だからイノシシ対策と違うて、議会対策。そうではなくて、住民に輝いてほしい。自分で守れる人になってほしい。だからそのためのお手伝いは、なんぼでもしましょうということです」

青野町長「補助制度を充実してきたんですけども、何頭とれたと言っても、被害が減らないということは…。被害が減って初めて効果がある、施策として成果が出たということですから、そこを重点に置かないとね。開会挨拶で言ったことを、思いっきり否定されましたので、本当に頭から考え直さないといけない」

去年夏、いよいよ雅ねえの実技指導が始まりました。ここは、ウリやスイカを食べられていた、湯浅万里子さんの畑です。

「スイカ、サツマイモ、全滅」

集落の畑に仕掛けておいたカメラには、白昼堂々、野菜をむさぼるイノシシの姿がありました。

雅ねえ「柿が大好きで、家に3本5本ってある人、覚えておいてほしいんです。これ、いま餌付けの最中ですね」

早速、雅ねえは獣害の原因を発見。高齢化で収穫できずに放置されている柿の木が、動物を引き寄せる「えさ場」になっているといいます。味をしめた動物が、万里子さんの畑にもやってきていたのです。

そして、隣の畑にも。

雅ねえ「これ、タヌキや何やらのえさ場ですね。捨ててあるというよりは、置いてもろうとる。これ、やったらアカンのですよ。最高の教科書ですね」

無意識に畑に捨てていたタマネギなどの野菜くず。ここも動物からみれば格好の「えさ場」になっていました。

雅ねえ「人間が品種改良したおいしい野菜を食えたら、もう天国。絶対に山へもどろうと思えへん」

湯浅さん「私が(動物を)増やしよったんじゃ」

雅ねえ「そうそう。山の中に行ったら、サルが銅像を作ってくれているかも。みんなで拝んでたりして」

続いて雅ねえは、米の被害が深刻な、延原良治さんたちの田んぼにやってきました。イノシシに踏み倒され、全滅した田んぼ。周囲をぐるりと柵で囲っても、柵の下を掘り返したり、突進したりするため、修理が追いついていません。

雅ねえ「普通は1本道とか、獣道ができる。これ、好き放題歩いてる。ここは安心しきっとるということ」

雅ねえは、田んぼのそばに耕作放棄地を発見。ここが、イノシシが身を隠す「潜み場」になっていると指摘しました。

雅ねえ「ここへ爆竹とかロケット花火撃ち込むと、ここでおちおち寝てられへん。そういう嫌がらせはある。そやけど、これはあくまでも次善の策。実際は(潜み場を)なくす」

カメラを仕掛けてみると、確かにこの耕作放棄地が潜み場になっていました。この地域には獣害の原因となる潜み場やえさ場がたくさんありました。

その一方で雅ねえは、ここには対策をする上でいちばん大事なものがあると感じとっていました。

雅ねえ「いっぱい間違いだらけでも、とにかく守りたいねんっていう気持ちが伝わってくるじゃん。そこを大事にしていきたい。たぶん、それが住民主役っていう話だと思う。『私でも輝ける』『おいらでも役に立つ』みたいな(人)が、わっと集まったら、村の元気って出てくるんちゃうんか」

<獣害が転じて生まれた にぎわい>

この物語のもうひとつの舞台は、雅ねえの暮らす島根県美郷町。中国地方最大の河川、江の川が流れる人口およそ4400の町だ。

雅ねえがこの町に来た18年前から、農作物をどうしたら守れるか、住民と一緒に考えてきたのがこの畑。

雅ねえ「コツを言うておきます。秘けつはふたつ。“だいたい”と“ええ加減”。これを必ず守ってください」

畑には、誰でも簡単にできる獣害対策の工夫が満ちている。例えば、電気柵の内側2メートルにある何も植えられていないスペース。

雅ねえ「柿でも何でも、柵からちょっと手を伸ばしたら届くかなというところには、植えない。もし何か植えたいんやったら、イノシシとかサルの好きでない、たかの爪とかこんにゃくとか植えたら、大好きなジャガイモは見えへんじゃん」

ミカンなどの果物は、人の背丈ほどに、低く刈りそろえている。高齢者でも残らず収穫できるようにし、動物のえさ場とならないようにした。

「先生(雅ねえ)が言われるには、120歳になってもできる農作業をするためには、“低木栽培”で、農作物を育てるということです。(腰が曲がっても)届くで」

雅ねえが大切にしたのは、ハンターや柵だけに頼らず、住民が主役となって獣を追い払うことだった。これまでとは全く違うやり方に、初めは戸惑っていた女性たち。しかし、効果が現れるにつれ、雅ねえを信頼して一緒に取り組むようになった。

女性たちが楽しみにしているのが、雅ねえと一緒に学びながら、それぞれの畑で育てた野菜を持ち寄る直売所「青空サロン市場」。週一度開かれ、もう10年以上続いている。

雅ねえたちは、人口減少で失われつつあった人と人のつながりも再生させた。直売所に手料理も持ち寄り、みんなで食べながら、よもやま話に花を咲かせる。地域は、にぎわいと笑顔を取り戻した。

この町との出会いは、雅ねえにとっても人生の大きな転機となった。それまで隠していた本当の自分を、住民たちにカミングアウト。ありのまま、生きられるようになった。

雅ねえ「心の中の中では、ずっと雅ねえやった。なんか妄想するとか空想するときって、100%女やったから。前は仕事だけは男のふりしてた。けど、こっちへ来て、本当はこんな人ですよと分かってもらったほうが早いかみたいな部分が、私の中であって。どっちの格好しとっても、雅ねえは雅ねえみたいな感じで、中身は変わらんよみたいなつきあいを、ずっとしてくれるから。『ありがとう』って言ってもらうと、自分もおった方がええ人かもみたいに思えるじゃん」

去年8月。岡山県美咲町の田んぼは緊張に包まれていました。稲刈りが近づいていたのです。イノシシの襲撃を恐れた米農家の良治さんは、集落のみんなに声をかけ、潜み場となっている場所の草刈りをすることにしました。5年前に田んぼにみんなで柵を張って以来、久しぶりの共同作業です。

延原さん「みんな協力して、修理などしていった方がいいんじゃないかと思って」

「(イノシシが)入ったところの田んぼの者が、一生懸命(柵を)直してくれないと困るがな。知らん顔して」

「知らん顔しちゃおらんで。わしは(修理)しよるで」

収穫前の大切なこの時期。すでに柵が何度か破られ、焦りが募っていました。

「とりあえず、おだやかに」

「おっさんところばっかり入っとる、ほとんど」

「まあええ。他にもあると思う。まあやめて。他にもあるんじゃ」

すれ違う、一人一人の思い。わだかまりが残りました。

ディレクター「よくなりそう?」

延原さん「よくなるでしょう。そうなるように、私も全員協力でやっていきたいと思います」

<目指すのは持続可能な町づくり>

獣害を止めることは、それほど簡単ではない。先進地、島根県美郷町でも、長い時間をかけて、獣害を「福」に転じてきた。

住民が主役という雅ねえの獣害対策。その物語を、この人物を抜きに語ることはできない。もう何年も、雅ねえとタッグを組んできた町役場の獣害担当、安田 亮さん。18年前、雅ねえを町に招き入れた。

安田さんは、ハンターや補助金だけに頼るそれまでの獣害対策を、雅ねえと一緒に転換しようと取り組んできた。目指したのは、人口減少の続く町を、未来へとバトンを渡すことができる、持続可能な町に変えることだった。

最初に取り組んだのは、獣害対策の主役の交代。農家の窪田綾子さんは、安田さんの勧めで動物をワナでとる狩猟免許を取得した。

窪田綾子さん「猟師の帽子だ。免許の無い者はもらえん」

以前は、この町でも獣害対策の主役はハンターだった。だが、農作物の被害がひどい夏に駆除してほしい農家と、脂がのったイノシシを冬に捕りたいハンターでは食い違いがあった。そこで、農家が自分たちの力で捕獲できる体制を整備した。

美郷町役場 安田 亮 課長「現在でもほとんど捕獲は猟友会にお願いする自治体が多い。だけども、美郷町の場合は、主体は農家さんにある。農家さんにまず免許を取っていただいて、自分の畑は自ら自分たちで守るという、これが被害対策における捕獲であって、狩猟の捕獲とは違うという線引きをさせてもらいました」

現在では、高齢女性を含む100人以上が、町内400か所以上にワナを仕掛けている。獲物がかかるとすぐに駆けつけてくれる食肉加工会社も、安田さんたちの後押しで作られた。

6年前から食肉加工会社で働く、嵇 亮さん。上海で生まれ、5歳のときから日本で生活してきた。東京大学で生物学を学び、一度は研究者を志した。しかし、フランス留学中にうつ病を患い、日本に帰国。もんもんとしているときに美郷町の獣害対策を知り、興味を持った。

町は、閉鎖されていた保育所を、食肉加工場として再生。ここで嵇さんは、イノシシの解体から新商品の開発までをこなしている。働いている8人のうち4人が、町役場の募集に応じ県外からやってきた若者たち。年間を通じて肉を全国に出荷できる体制を整え、雇用の創出と移住者の定着を実現させた。

嵇さんは3年前、町主催の婚活イベントで、地元出身の安喰美季子さんと出会い結婚。いまは新たな命の誕生を心待ちにしている。

妻 安喰美季子さん「もう10か月。いつ生まれてもおかしくない。(予定日は)4日後なんですよ」

嵇 亮さん「とったイノシシを引き取ってお肉にするというのが、この町にとって必要な事業で、それをぱっと来たよく分からない若者に担わせてくれている、うまくいけば『いいじゃん、いいじゃん、よかったじゃん』と言ってくれるし、なにか困っていたら助けてくれるし、この町で役割がちゃんとあって、受け入れられているというのはずっと感じてきて、ありがたいなと思っています」

この日、岡山の田んぼに雅ねえが駆けつけました。良治さんから相談を受けたのです。まずはできることから始めよう。良治さんと雅ねえは、イノシシの潜み場となっている耕作放棄地の草を刈り始めました。一緒に汗を流す。それが雅ねえのやり方です。

延原さん「草刈り機まで持ってくる人、いないもんな。『そこ刈りんさい』って言うぐらいで。ほんま、なかなかいないよ」

すると、地域の人も、作業に加わります。イノシシの潜み場だった耕作放棄地は2時間ほどで、きれいになりました。

ひと仕事終えて、集落のみんなが良治さんの家に集まってきました。言い争いをした二人も、挨拶を交わします。雅ねえが話したのは、気持ちをひとつにすることの大切さ。

雅ねえ「これからは他人の田んぼも、自分の田んぼのつもりで見る。柵は全部、俺の柵や思って見る。みたいな気持ちになれば『あそこ、ちょっと今度みんなで補強しとかな』というのが気付くようになる」

「あそこ(耕作放棄地)はみんなで、何日の何時から刈ろうっていうのを決めにゃあいけん」

「年2回な。最低でもな」

「年2回は、みんなして刈らにゃあ。時間決めて、日にち決めて」

「あそこの田んぼだから、どうこうではなしに、我々の中の一部じゃけん。みんなでやっていかんと」

「今日みたいに、いつもものを言ってくれたら、わしも気持ちええんじゃ」

「それは僕もいま、頭に浮かんだんじゃ」

「お父さんが、田んぼ一生懸命しよるの、わしも見とるんで。あそこの前やそこらでも一生懸命しよるん。ようお父さん動くなと思って。今日会ったとき、気持ちよかったがな」

「これもひとつの輪になっていきよるんじゃ。これでいい。これでいい」

雅ねえ「地域、集落が忘れていた大事なことを、イノシシが『ちょっとちょっと、あんたら思い出し』ていう、いちばん大事なことを、もう1回思い出させにイノシシが来てくれたというふうに思えばいいんじゃないかな」

町の女性たちも、動き出していました。サルを追い払うために雅ねえから伝授された、手作り花火の予行演習です。女性たちにとって、みんなで集まって獣害対策をするのは、初めての経験です。

湯浅さん「一人だけでしないで連携プレーをとれば、なんでも強くなるいう感じ。一人だけでやっていたんじゃ、なんにもならないと思うのよ」

去年9月。岡山県美咲町は、収穫の季節を迎えました。みんなで話し合ったあの日以来、イノシシの被害はありませんでした。新米を炊いた良治さん。ピカピカのおにぎりを、食べさせたい人がいました。

雅ねえ「最高のごちそうやな。いただきます。炊きたてじゃん。うまっ!ほんまにうまい」

延原さん「これはシシが入ってないところだから、おいしいです」

雅ねえ「誰でも、これはうまいって言うわ」

雅ねえは、人を笑顔にする名人です。

<知恵の誘致 “美郷バレー構想”>

獣害対策の先進地、島根県美郷町。ここで、町の未来を見据えた大きな構想が動き始めている。この日、大阪に本社のある獣害対策の総合メーカーが、町に新たな事業所をオープンさせた。久しぶりの企業誘致。背景にあるのは、町役場肝煎りの「美郷バレー構想」だ。構想を進めるのは、雅ねえとともに、獣害を起点にした町の未来図を描いてきた安田亮さんたち。獣害対策に関わる企業や大学などを誘致し、町を産官学の英知が集まる拠点にしようとしている。目指すのは「獣害版シリコンバレー」。

研究開発の中心は、神奈川の大学からこの町にやってきた、野生動物の行動学の第一人者、江口祐輔教授。江口教授は獣害対策メーカーなどと共同で、近づく動物をAI付きのカメラで瞬時に判別する新たなシステムを開発している。プロジェクトには、大手企業も参加。獣害対策に、クマなどを探知する先端技術を組み合わせ、農作物も住民の命も守ることが狙いだ。

麻布大学 生命・環境科学部 江口祐輔 教授「例えば、人と動物が出会う、クマの出没であったり、そういったものに対して、こういったところにこういった動物が動いていますよとか、生息していますよということで、人が気をつけながら生活をしたりだとか、(人間が)より動きやすくなる役割を担ってもらえるような技術を開発して、使ってもらえたらいいかなと思う」

さらに去年、町に麻布大学の野外学習の拠点となるフィールドワークセンターがオープン。都会の大学生たちが、人と自然の共生などについて学び始めた。美郷町では、学生や研究者との交流をさらに活発にし、関係人口の拡大や移住の促進につなげようとしている。

そして今年1月、町役場を訪れた食肉加工会社で働く嵇さんたち夫婦。

「出生届を出しに来ました」

待望の新しい命。体重3118グラムの元気な女の子だ。

様子を見にきた獣害担当の安田亮さん。安田さんたちが、町に食肉加工場を作りたいと思い立ったことが、この日につながった。

安田さん「町の一員にまた一人。山くじら(食肉加工会社)もだけど、それ以外でも大きく貢献してもらっとる」

嵇さん「助けてもらってばっかりで」

安田さん「動物との戦いではなくて、むしろ過疎とか少子高齢化とかって言われますけど、そういう時代の波に対しての闘いだと思います。そのなかで、新しい生命がこうやって、生まれてきてくれるのは、めちゃくちゃうれしいですね。もう何にも代えられないくらい。初めての経験、こんな感動」

春の日の朝。嵇さんたち夫婦は、直売所に集まった地域の人たちに赤ちゃんをお披露目した。雅ねえの暮らす地域の輪の中に、またひとつ大切な宝物が誕生した。

今年3月。岡山県美咲町のメンバーが、町役場の支援を受けて、島根に視察にやってきました。岡山の湯浅万里子さんたちが、ぜひ見たいと言っていた直売所。目にしたのは、テーブルいっぱいに準備してくれた、もてなしの手料理。

雅ねえと女性たちが一緒に獣害対策を学んできた畑も、訪ねました。説明するのは、この辺りで一番の野菜作り名人。

「家の立ち木でも、下をすかす。隠れ場のないように。(サルを)見るとすぐ大きな声をする。『サルだ!やぁ~どうしよう』じゃない。『コラー!』って言うの。そうすりゃ、体も元気になるしね。力も出るしね」

そうそう、主役は住民。そうでなくては、物語は動き出しません。

雅ねえ「視察に来て、学んで帰って、まねするのは視察じゃない。『あ、そうか。自分らでやることを考えるんや』っていうのを学ぶのが視察。だから美咲町と美郷町では、やるべきこと、できること、みんな違う。けども『何かやるぞ!』っていう気持ちが伝われば、それでええんじゃないか」

視察から5日後。岡山県美咲町の畑に、続々と集まってくる住民たち。声を掛けたのは、視察に参加した湯浅万里子さんです。獣害がひどく、耕作が放棄されていた畑に、ミカンやキンカン、そしてイチジクなどの苗を植えます。

参加者「楽しいです。いろんな人と会えて。家におったら誰とも会わない一日」

湯浅さん「もともと一人でしようとは思っとったんだけど、(実が)なったら、地域の人にあげようなと思いよったんだけど、声かけたらみんなが来てくれたから」

ここでも、新たな人と人のつながりが、芽吹き始めています。

5月、米農家の延原良治さんの田んぼでは、田植えが始まりました。今年は、お互いに支え合って、米を守ってゆくつもりです。

延原さん「強くならにゃあいけんね。イノシシに負けたらいけん。がんばります」

日本のどこにでもある山里のどこにもない物語。これにて、失礼いたします。