ハマスとイスラエル 対立激化どこまで【後編】

NHK
2023年11月14日 午後7:20 公開

(前編はこちら)

(2023年10月22日の放送内容を基にしています)

鴨志田デスク「かつてガザ地区の実情を取材してきた私自身、その後、世界で次々に起きる新たな危機に目を奪われてきたことに、自責の念を感じています。これまでガザ地区をたびたび訪れてきた錦田さん、このガザ地区の変化をどのようにご覧になってきましたか」

慶應義塾大学/錦田愛子 教授「私が最初にガザを訪れたのが1999年で、まだオスロ合意の希望が、かすかでも残っていた頃です。その時はまだ、人々に明るい表情が見られて、難民キャンプの子どもたちも笑顔で話し笑いかけてくれたり、大人たちも『日本の支援でこんなものが出来たから、ぜひ見て帰れ』と言ってくれたりした雰囲気があったんですが、次に入った2014年には、大きな攻撃が起きたあとで、難民キャンプの一部は完全に、さら地になってしまうような激しい攻撃を受けたあとでした。日本の支援で建てられたガザの空港や、警察の庁舎といった建物もボロボロに破壊されてしまっていて、もうそこが使えない状態になっていました。その中でも、壊れかけた建物の中に、家を失った人々が住んでいたのが、非常に印象的でした。2014年で、そういった厳しい環境に置かれていたので、今回、それ以上の激しい空爆が行われ、さらに地上軍の侵攻が懸念される中で、一体ガザの復興にどのぐらい時間がかかるのか。そもそも人がまた住めるような場所になるのかということが、非常に懸念されます」

鴨志田デスク「ここからは国際法の観点から世界の紛争を分析してきた、黒﨑将広さんにも話に加わって頂きます。和平交渉が破綻してしまって、この占領状態が解消されないまま、封じ込められてきたガザの特異性というのを、どのようにご覧になっていますか」

防衛大学校/黒﨑将広 教授「ガザ地区は極めて長い間、閉じ込められているという現実が続いているわけです。それでどのような特異な状況が生じているかと言うと、人口が増え、その結果、極めて人口密集度の高いガザ地区というものが生まれてきた。人口密集度が高くなると、ガザ地区で生活する人々の生活空間が飽和状態にあり、そこでハマスが軍事行動を展開すると、狭い空間を最大限利用することになり、戦闘地域がガザ地区全体に広がりうる可能性が出てきます。すなわち、生活空間の日常と、戦闘空間の非日常が併存して、ガザ地区の人々はその板挟みになっていると。これを国際法の戦争のルールからすると、極めて厳しい現状として評価しなければならないです」

鴨志田デスク「まさに占領状態そのものは解消されてないけれども、交戦状態に入ると。しかも、もしかしたらこのあと、地上戦に突入するという事態ですが、そうなるとこの事態はどれくらい深刻になるとお考えですか」

防衛大学校/黒﨑将広 教授「ガザ地区が現状、占領地であるかどうかということは、争いがあるところですが、ただ、占領地であると評価できる余地は確かにあります。だとしても、昨今のハマスとイスラエルの間の戦闘という軍事衝突が生じている状況は、ガザ地区が戦場として国際法上評価される色彩が、強まっていると言わざるをえないと思います。極めて深刻な状況がガザ地区の人々に生じます。例えば、3Dプリンターなどの日常生活で人々が使っているものが、いろいろなデュアルユースという形で、交戦主体の戦力になりうる。となると当然、攻撃目標になるリスクが出てきます。しかもこれだけ密集していると、無関係の人々であっても、避けては通ることのできない巻き添え被害という、深刻な問題も生じてしまいます。こうした密集地域の中では、ターゲットになってはいけない人たちの区別が極めて難しい状況で、ガザ地区の住民からすると理不尽な状況です。ただ、これを、これまで許容してきた国際法というものは、極めて深刻な課題を抱えていると言わざるをえない」

鴨志田デスク「そうしますと、この戦いを経て、戦闘を規定する国際法のようなものも変容を迫られる事態になるかもしれない、ということですね」

防衛大学校/黒﨑将広 教授「これから地上部隊がガザ地区に侵攻すると、大惨劇を引き起こすことが予想される中で、この問題は、法のレベルでも考えなければならないことを、改めて強調しなければならないと思います」

川﨑アナウンサー「そして今、パレスチナを巡る緊張が、世界の至る所に火種を広げ、各地で分断が深まっています」

<世界へ波及する“分断”>

アメリカ最大規模のユダヤ人コミュニティがあるニューヨーク。イスラエルを支持するデモのすぐそばで、パレスチナを支持するデモが起きていました。参加者の中には、SNSの動画に影響を受けたという人もいました。

デモ参加者「これはきょう爆撃された病院です。殺された人の半分が子どもや赤ちゃんでした。これは集団虐殺です」

互いの憎しみは殺人事件にも発展。

アメリカでは、パレスチナ系アメリカ人の6歳の男の子が全身を26回刺され、亡くなりました。

一方、フランスでは、「神は偉大なり」と叫ぶ男が、教師を刃物で刺して殺害。パリでは「危害を加える」という犯行予告があり、観光客らが一斉に避難。テロへの警戒も高まっています。

世界で加速する分断。イスラエル政府とハマス双方が、SNS上で対立感情をあおっていることが、私たちの分析から見えてきました。

注目したのがこの動画。イスラエル政府が、ハマスの大規模攻撃の2日後に投稿したものです。

動画は眠っている赤ちゃんの姿から始まります。その後、日常が一変していく子どもたち。

男の子「なんで撃たれなきゃいけないの?」(イスラエル政府の公式X動画より)

イスラエル政府は、子どもたちの被害について連日のように投稿。子ども部屋が荒らされ、床に血が流れているように見えるこの写真は、3日間で6000万回以上見られました。

イスラエル政府の投稿を分析すると、表示回数が飛躍的に伸びた3日間は、いずれも子どもに関する投稿が行われていました。中には、世界的に人気がある作品を意識した投稿もありました。

ハリーポッターのファンだという女の子が、ハマスの人質になっていると訴えています。

イスラエル政府は作品の原作者に向けて、協力を求めるメッセージを発信。原作者は、「子どもの拉致は正当化されない」と反応。表示回数は2600万回を超えました。

対するハマスも、子どもに関する投稿を行っています。イスラエル側の攻撃による子どもたちの被害を視覚的に訴える動画です。

戦争とSNSに関する研究を続ける専門家は、「双方が子どもを題材に、自分たちに有利な物語を作ろうとしている」と指摘します。

アトランティック・カウンシル シニアフェロー/エマーソン・ブルッキング氏「子どもや赤ちゃんが亡くなった映像や、恐ろしい話に接したとき、人々は憤りを感じます。何かをしなければならないと感じるのです。目的は情報を伝えることではなく、説得することです。イスラエル政府とハマスは、こうした情報の効果を知っているので、同じイメージを使っているのです」

SNS上では世界中の市民たちが、分断を加速させる投稿を拡散させていることもわかってきました。

双方を強く非難する投稿をハッシュタグから選び、その数の推移を調べました。当初多かったのは、攻撃を始めたハマスを非難する投稿でした。しかし、イスラエル政府が地上侵攻を示唆すると、イスラエルへの非難が急増。それぞれが憎しみをエスカレートさせているのです。

アトランティック・カウンシル シニアフェロー/エマーソン・ブルッキング氏「投稿によって作られる物語や怒りは、最初に投稿した人の意図を超えてエスカレートしていきます。たとえニセの情報でも、ガソリンに火をつけるマッチのように、人々の怒りの火種になるのです」

SNSで増幅する人々の憎しみ。ニューヨークのユダヤ人学校では、子どもが精神的ダメージを受けないために、SNSを遠ざけるよう保護者に呼びかけを行っています。

ユダヤ人学校/クリス・アグエロ校長「子どもたちには申し訳ないですが、そうするしかないのです。SNSによって、ユダヤ人の心が脅かされています。いま起きていることは、これまでとは全く次元が違います」

世界の人々の間で憎しみが連鎖する中、各国の分断も深まっています。

国連ではイスラエルを擁護する国と、パレスチナを支援する国が対立。安全保障理事会に提出された一時停戦を求める決議案は、アメリカの拒否権発動によって否決される事態となっています。

アメリカ/トーマスグリーンフィールド国連大使「決議案には、イスラエルの自衛権が言及されていない」

ロシア/ネベンジャ国連大使「われわれはアメリカの偽善と、ダブルスタンダードを目の当たりにした。アメリカは解決策を見つけることを望んでいなかった」

川﨑アナウンサー「パレスチナ問題をめぐって国際社会の分断は深まっています。今月(2023年10月)18日アメリカのバイデン大統領がイスラエルでネタニヤフ首相と会談し、イスラエルを決して一人にはしないと、改めて連帯を強調しました。ヨーロッパ各国も歩調を合わせています。一方で、アラブ諸国やイランは、イスラエルによるガザ地区への攻撃に対して批判を強めていますが、ロシアや中国も、同様の立場をとっています」

鴨志田デスク「鈴木さん、この国際社会の分断が深まる中で、一体誰が、どの国が、この事態の仲介役を果たしていけるとご覧になっていますか」

東京大学大学院/鈴木啓之 特任准教授「今、私たちが、ガザ周辺で見ているものは、仲介者のいない戦争です。アメリカのバイデン大統領の発言からも分かるとおり、イスラエルへの支持を強化しています。周辺諸国というのは(2023年)10月18日のガザ地区内の病院での爆発を受けて、姿勢を今、硬化している状態にあるわけです。さらにカタールが人質解放に関して仲介を行ったといいますが、あくまでチャンネルの役割ということになっています。ウクライナ情勢や、米中関係であるとか、そういったことによって各国に軸ができて、国際社会が一丸となって、地域紛争に取り組むということが、ますます困難になっていると言えます。人権、または人道主義に基づいて、国連であるとか、日本を含めた国際社会、市民社会の動きに希望を紡ぎたいところですが、それが実行力を持つか、というのは別だと思います。解けない宿題が、今積み重なっているという段階です。今の事態をなるべく知り、推移を見守り覚えておくこと、これが将来の希望をつなぐのだと私は思います」

鴨志田デスク「そして黒崎さん、国連安保理で、この一時停戦を求める決議案に、アメリカがイスラエルを擁護する形で拒否権を行使したわけですよね。折しも、ウクライナ情勢を巡って、ロシアが盛んに拒否権を行使して、安保理が機能不全に陥っていると言われている中で、今度はアメリカがパレスチナ問題で拒否権を行使していると。大国が安保理を機能不全に陥れていて、紛争の解決を阻んでいるこの現状を、どうご覧になっていて、この先何が国際秩序を取り戻すうえで課題だとご覧になっていますか」

防衛大学校/黒﨑将広 教授「かつてないほど国際社会の分断が、ロシア・アメリカの両サイドの拒否権行使によって、より先鋭化している。これを国連として、どうすべきなのか。そして国際社会としてどうすべきなのか。1つ目が、国連総会という場の権限を最大限に利用しなければならないという教訓です。これは1950年の朝鮮戦争のときに“拒否権封じ”というメカニズムとして生まれた、“平和のための結集決議”と呼ばれているものです。ロシアのウクライナ侵攻の際に、ロシア自身が常任理事国としての責務を果たさず、ウクライナ侵攻を行い、そして拒否権行使という形になりました。これを国連として、どう対処していくべきなのかといった時に、1950年に生まれた決議を利用して、一部、それを行使するということが可能になりました。ES11-1という決議で、141か国の国連加盟国が、『ロシアの侵攻が侵略行為である』と、最も強い言葉で非難するという、国連として最小限の責務を果たすことができました。やはりこの経験は、今回のガザ地区のケースについても、生かさなければならないと言えると思います」

防衛大学校/黒﨑将広 教授「もう1つが、国際社会には、今、何が真実なのか、きちんとファクトチェックする第三者としての役割があり、少なくとも、それを最低限のこととしてやらなければならないと思います。先ほどもありましたが、ハマス、イスラエル双方が、SNSなどを利用して、それぞれの物語を使っているわけです。それは真実かもしれないし、そうでないかもしれない。実はこれ国際法にとっては、何が事実かということも非常に重要な問題なんです。実際、国際司法裁判所でも今、ウクライナでのジェノサイドが本当に起きていたのかどうかが問題になっています。こういったファクトチェックの役割が重要になってくると思います」

川﨑アナウンサー「錦田さん、ガザ地区への地上侵攻も刻一刻と迫る中、人道危機も深まる中で、今、国際社会に、どういったことが求められるんでしょうか」

慶應義塾大学/錦田愛子 教授「今回は双方にかつてない規模の犠牲者が出たということで、怒りが募っている状態だと思います。ですから、やはり当事者も含め1度クールダウンをして、頭を冷やし、人命優先の対策をとるということが求められていると思います」

鴨志田デスク「特に今まさに、ガザ地区で人々が窮状にあるという時に、求められているのは国際社会の結束というか、共通の利益を追求するという姿勢なんでしょうかね」

慶應義塾大学/錦田愛子 教授「最低限例えば、ラファを通してでも、民間の援助物資を入れることによって、戦闘に関係ない人々が、そこで命を次々と落とすような状況にならないように、そこは国際社会が圧力をかけていく必要があると思います」

鴨志田デスク「長い間、波乱の歴史と国際政治の力学の中で、ガザは封鎖され世界から隔絶されてきました。目の前で繰り広げられる悲劇を止めるために、何ができるのか。そして75年間にわたるパレスチナ問題の根源と向き合い、解決の道を探ることができるのか。今こそ世界に問われているのだと思います」