「屯鶴峯」の光と陰

NHK
2023年8月7日 午後3:52 公開

奈良の歴史や文化の魅力を深掘りする「ならホリ!」。

今回は香芝市の「屯鶴峯(どんづるぼう)」に隠された歴史を深掘りします。

(寺井康矩 記者)

屯鶴峯

屯鶴峯は、奈良と大阪の境にまたがる二上山の北のふもとに広がる丘陵地。緑の木々の中に白い岩がむき出しに広がる独特の光景は、奈良県の天然記念物に指定されています。その正体は、千数百年万年前に起きた二上山の火山活動による火砕流や火山灰などが固まった「凝灰岩」と呼ばれる岩石。ガラスや無色の成分が多く含まれるため、このように白く輝く独特な景観が生まれました。

でもなんで「屯鶴峯」という変わった名前がついたんでしょうか?

香芝市の田中正志さん(64)。

屯鶴峯を30年以上にわたって調査・研究してきたプロフェッショナルです。

屯鶴峯の名前の由来を聞くと…。

田中:「遠くから見ると白い岩が鶴のように見えて、鶴が屯(たむろ)しているように見える山(峯)ということで、「屯鶴峯」と呼ばれるようになりました」

確かに緑の山肌に白色がのぞいていると、鶴の群れのようにも見えなくないかも。とても風情のある名前だったんですね。

田中:「屯鶴峯のすごいところはここだけじゃないんです」

そういって田中さんが連れていってくれたのは、屯鶴峯のふもとの林の中。やぶをかき分けて進んでいった先には。

山の斜面にぽっかり開いた大きな穴が現れました。中からは真夏でもひんやりした空気が流れ出ています。

田中:「これは旧日本軍が作った地下トンネルです」

え!?旧日本軍の地下トンネル!?

許可を得て中に入ると、高さ2メートル、幅3メートルほどのトンネルがまっすぐ続いています。

田中:「この地下壕だけで、この幅と高さの部分が800メートルぐらいあると思います」

こちらが地下壕の見取り図です。屯鶴峯の地中に東西2つあり、それぞれ網の目のように張り巡らされています。総延長はなんと1.6キロにも及ぶといいます。

田中さんの案内で地下壕の中を歩いていると、壁に開いた穴を何個も見つけました。

田中:「これは中にダイナマイトを入れて爆発させるための穴です。地下壕を広げていくためにダイナマイトでまず爆発させて、それから手で整えていったと考えられます」

つるはしで削った跡

地下壕の中にはほかにも、つるはしで壁を削った跡や、測量用の糸を張ったと考えられるくぎなど、綿密な計画のもとで建設されたことをうかがわせる当時の痕跡がいまも生々しく残っています。

いったい何の目的でこの地下壕が造られたんでしょうか?

田中:「日本軍の陸軍、その航空部隊を指揮する目的でここが造られたと思っています」

屯鶴峯の北西8キロほどにある大阪・八尾市の八尾空港。戦時中は大正飛行場と呼ばれた軍の飛行場で、本土決戦の際にはこの付近に陸軍の航空部隊を束ねる「航空総軍」が司令部を置くとされました。

太平洋戦争末期の戦場(昭和20年)

地下壕が作られ始めたのは太平洋戦争末期の昭和20年。旧日本軍はアメリカなどの連合国軍にしだいに追い込まれ、本土決戦に備えて各地で準備を進めていました。

「航空総軍後方関係命令綴」(防衛研究所戦史研究センター所蔵)

6月に航空総軍が作った電話通信網の計画図です。左下に「牡丹洞(ぼたんどう)」という文字が見え、牡丹洞の進捗とともに航空総軍の戦闘指令所をここに切り替えると記されています。牡丹洞は屯鶴峯近くの地名ですが、現地に軍の施設が確認できないことから、田中さんはこの牡丹洞が屯鶴峯のことを指していると考えています。

「航空総軍命令書」(防衛研究所戦史研究センター所蔵)

終戦の直前、8月10日に航空総軍が出した命令書には、「屯鶴峯地下施設ヲ促進スル」と記されていて、終戦間際まで屯鶴峯の地下壕を整備していたことがわかります。

こうしたことから田中さんは、本土決戦で航空総軍の司令機能を守る安全な場所として、大正飛行場に近く、掘りやすいのに崩れにくい凝灰岩が広がる屯鶴峯が選ばれたと考えています。

田中:「ここに軍隊が立てこもるための場所なんだろうと思います。大阪の八尾なども空襲を受けて、ここまでアメリカ軍がやって来るということを想定していたのではないか」

しかし本土決戦は行われることなく日本は降伏。屯鶴峯が実際に使われることはありませんでしたが、終戦から78年がたったいまも戦争の生々しい記憶を伝えています。

地下壕の見学会(平成27年)

田中さんは、地下壕の記憶を伝えるNPO法人「屯鶴峯地下壕を考える会」を立ち上げ、一般向けに地下壕の見学会を開くなどして平和の尊さを訴え続けています。

田中:「若い世代にとって戦争はだんだん遠くなっていますが、戦争の事を実感をもって感じてほしい。奈良県は戦争とあまり関係なかった、平和だったというふうに言われてきましたが、そんなことはないということを感じてほしいなと思っています」

※地下壕の一帯は私有地で、中には危険な場所もあります。勝手に立ち入らず、見学したい場合はNPO法人「屯鶴峯地下壕を考える会」などに連絡してください。

取材:寺井康矩 記者

大和高田市出身。

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