失われゆく“名建築” 唯一無二の価値とは?

NHK
2023年5月10日 午後5:29 公開

個性的なデザインのビルや、由緒ある日本家屋。

あなたの町にも、時代の荒波を乗り越え、地域の歴史や営みを物語る建物があるかもしれません。

そんな歴史的・文化的な価値をもつ建物がいま、日本各地で次々と取り壊されています。この10年間で、解体などにより姿を消した「登録有形文化財」は189件。

維持・管理や防災対策に多額の負担がのしかかるなか、取り壊すのか、次の時代に継承するのか。岐路に立つ建物を取材すると、個性豊かな“価値”が見えてきました。

(クローズアップ現代取材班)

▼クローズアップ現代 5月17日までNHKプラスで配信中

 

著名なデザイナーが愛した“空が見える家” 粟津邸【1972年竣工/神奈川県】

空が一望できる細長い天井。

土地の高低差を生かした構造で、随所に設けられた窓からは日の光が差し込みます。

建築家・原広司が設計した、神奈川県川崎市にたたずむ鉄筋コンクリートづくりの一軒家です。世界的に活躍したグラフィックデザイナー・粟津潔さんが所有していました。

グラフィックデザイナーの草分けとして、さまざまなデザインを手がけてきた粟津さん。かつて創作活動にいそしんだというアトリエも残されています。

粟津邸を引き継いだのは息子の粟津ケンさんです。父が遺したこの家を広く公開し、新たなアートが生まれていくような場として活用していきたいと考えています。

 

戦前の趣をいまに伝える 畝傍駅舎【1940年改装/奈良県】

(貴賓室)

皇室ゆかりの神武天皇陵や橿原神宮がある、奈良県橿原(かしはら)市。

「畝傍(うねび)駅舎」は1940年(昭和15年)に神武天皇即位2600年の記念行事に合わせて建てられました。昭和戦前期の鉄道駅舎としても貴重な建物です。

 

駅舎内にある大きな両開きの扉の先にあるのは「貴賓室」。皇族が橿原神宮などを参拝する際の休憩所として設けられ、かつて昭和天皇や上皇ご夫妻(当時は皇太子ご夫妻)も利用されました。

 

近年利用客が減っている畝傍駅。所有者のJR西日本は駅舎を存続させる方策として、橿原市に無償譲渡を打診しましたが、維持管理のめどがたたないことから、市は去年12月、駅舎の取得を断念。地域の人からは歴史ある駅舎を残してほしいという声も上がるなか、解体の可能性が高まっています。

 

豪商が築いた和洋折衷の木造建築 鹿児島県民教育文化研究所(旧藤武邸)【1939年竣工/鹿児島県】

鹿児島市の中心部に建つ「旧藤武(ふじたけ)邸」。太平洋戦争末期の鹿児島大空襲でも被害を免れた木造建築です。

地元の呉服商・藤武喜助が当時の貨幣価値にして3億円を投じ、自邸として建造しました。

藤武氏の名前にちなんだ「藤」の欄間や、寄せ木細工の床、自然の木をそのまま生かした格子。建物の随所に、職人たちの技術の高さと遊び心が宿っています。

 

アールデコ様式の洋室も備えた和洋折衷の建物。2014年に「貴重な近代和風建築」として評価され、国の「登録有形文化財」に認められました。

去年夏、取り壊し案が浮上した旧藤武邸。

「ふるさとの宝」として守っていこうと、いま地元の住民を中心に活動が続いています。

 

次々と姿を消す “価値ある建造物”

地域の歴史や伝統、文化を静かに物語る建物。

なかでも築50年が経過したもののうち、歴史的な景観に寄与していることなど、一定の評価を得たものを対象として国が指定するのが「登録有形文化財」です。現在、建造物では13,637件が登録されています。

一方で、解体などにより登録が抹消されたのはこれまでに270件あまり。その約7割の189件がこの10年間で姿を消しました。

登録有形文化財は、国宝や重要文化財に比べて改修などの自由度が高い反面、国からの補助や税制の優遇措置が限られていることが背景にあるとされています。

 

建物の価値を問い直す

価値ある建物の保存や活用のあり方をどう考えるべきか。登録有形文化財制度の立ち上げにも携わった、工学院大学理事長の後藤治さんに聞きました。

工学院大学理事長 後藤治さん

「日本は制度面や国民性において、街づくりに関して『スクラップ&ビルド』が考え方の基本にあります。欧米のような『古い建物に暮らすことが名誉だ』という感覚や、それを支える制度、商慣習に一朝一夕にたどり着けるとは思いません。

一方、コロナ禍で二拠点生活や、人口減少のなかで国土をどう維持していくのかが問い直されました。古い風景や施設、地域の資産を大事にすることは、豊かな暮らしに結びつくのだと問い直していく。特に地方は東京と同じことをやるのではなく、持っている独自性を大切にしていくことで、新たな観光資源になったり、活性化につながったりしていく。そういうことに気づくことが、まずは大切な一歩です」

 


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