混迷の世紀 第10回 台頭する“第3極” インドの衝撃を追う

NHK
2023年8月1日 午後6:00 公開

番組のエッセンスを5分の動画でお届けします

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(2023年7月16日の放送内容を基にしています)

ハリウッドをしのぐ数の映画を製作し、世界を席巻するインド。インドが映画と並んで存在感を高めているのが、独自のデジタル・システムです。

政府が国民に対して進める生体情報の登録。貧困層を市場経済に取り込み、経済成長の原動力になっています。

インドのシステムはいま、途上国や新興国からなる、グローバル・サウスと呼ばれる国々に広がり始めています。

モディ首相はその国々を束ね、存在感を高めようとしています。

インド/モディ首相「私たちの時代を迎えようとしている。この世紀に私たちは新たな国際秩序を築いていく」

シリーズ・混迷の世紀。第10回は、いま世界のキープレーヤーとして台頭するインドの実像です。

人口は14億3000万に迫り、中国を抜いて世界一になったとされます。2027年にはGDPでも日本やドイツを抜いて、世界3位になるとみられています。

ロシアと伝統的に強い結びつきをもち、ウクライナ侵攻後も関係を保ち続けるインド。

それでもアメリカをはじめ世界のリーダーたちは、インドを重視する姿勢を鮮明にしています。

インド元外務次官「いままさにインドの時代が訪れています。インドは不確実な世界において、経済的・地政学的にも各国をひきつける存在なのです」

分断が深まる世界で「第3極」として存在が際立つインド。

世界を揺さぶる「インドの衝撃」に迫ります。

<ITで台頭するインド>

深夜1時を過ぎた週末のナイトクラブ。入場料は1万円と高額ですが、若者たちで埋め尽くされていました。

インドの平均年齢は27.9歳。日本や中国よりはるかに若く、この10年、平均して6%を超える経済成長を続けています。

その勢いを象徴するように、いま世界的なIT企業のトップをインド出身者が占めるようになっています。アメリカで働き、財を成して帰国する人も、相次いでいます。

この男性は1980年代に渡米。ソフトウェア開発などの会社を複数経営し、資産を築きました。

スリカンス・サンダララジャンさん「米マイクロソフトのCEOのサティアも高校の後輩だし、米アドビのシャンタヌCEOは高校のクラスメイトなんだ」

いまは個人投資家として、15人の若手起業家に1億円を出資しています。

こうした人々は「エンジェル・インベスター」と呼ばれ、ビジネス経験を伝えたり、人脈を紹介したりすることで事業を後押ししています。

スリカンス・サンダララジャンさん「俺が稼いだカネを金庫にしまっておいても誰の役にも立たないだろ。若者に与え、それで会社が大きくなったら、俺も若者もうれしいだろ」

インド各地で起業を目指す若者への投資イベントも盛んに開催されています。7年間で8万社以上が誕生。時価総額10億ドルを超える「ユニコーン企業」も次々と生まれています。

インドのユニコーン企業は70社。日本の10倍以上、アメリカ・中国に次ぐ規模となっています。

<インド成長の基礎 14億人“総デジタル化”>

インドの成長の基盤になっているのが、政府が2010年から始めたデジタル政策です。

町の至る所にある集会所のような建物。ここでは生年月日などの個人情報の登録に加え、瞳孔の周りの模様「虹彩」や「指紋」の採取が行われています。

こうした生体情報は、国民一人一人に割り当てれる個人IDにひも付けられます。虹彩や指紋の登録は、5歳以上が対象です。

個人IDの導入と同じ時期に、社会に広がったのがインターネットにつながるスマートフォンでした。

インド政府は国民が個人IDに銀行口座をひも付ければ、オンラインで決済できるシステムを構築しました。そしてシステムを民間企業に開放。企業はみずからシステムを作らなくても、オンライン決済を使ったサービスを提供できるようになりました。

この政府主導のシステムを土台にして、国民の経済活動が行われるようになったのです。

露店での支払いもQRコード決済。また、銀行やATMがなくても、指紋をかざせば現金を引き出せます。

このシステムが人々の生活を大きく変えたのが農村です。人口の半数を超える8億人以上が暮らしています。

この青年が使うのは、AIが組み込まれた農業用のアプリ。傷んだ稲の写真をアップロードすると、瞬時にその原因が示されます。

AIアプリの音声「若い稲に被害を与えたのは、ネキリムシのようです」

AIがすすめる農薬を政府の決済システムで買うことができます。アプリを使い始めて3年。男性は収穫量が毎年2割のペースで増加し、収入も1.8倍になったといいます。

農家の男性「前は自転車に乗っていましたが、半年ほど前にバイクを買いました。羊も新しく買いました。お祭りの時に食べます」

これまで本人確認の書類をもたない人が多かった農村。個人IDの広がりによって確認が容易になり、人々は銀行口座を持てるようになりました。

経済成長から取り残されてきた農村が政府の決済システムでつながり、巨大な市場が生まれたのです。

農家の男性「時間の節約、収入、作物の知識、すべてが変わりました。このシステムは私たち農家の手助けになっています」

農業用のアプリを運営する企業のCEO、サティーシュ・ヌカラさんは、AIを活用したアプリでインド全土、200万の農家に農薬などを販売しています。直近の2年で売上は51倍に急成長、ことしは200億円に達しようとしています。

農業アプリ企業CEO/サティーシュ・ヌカラさん「政府のシステムを使って、農業で何ができるのか考え、私はチャンスをつかんだのです」

1990年代、欧米企業にソフトウェアやシステムを納品する、いわば下請けとして始まったインドのIT産業。インドの若者たちはしれつな競争を勝ち抜き、アメリカなど海外企業への就職を目指すようになりました。

インド南部の貧しい農村で生まれ育ったヌカラさんにとっても、高収入が得られる海外企業は目標でした。

母・サラスワティさん「たくさん苦労しました。村の親戚から借金をして、必死に働いて息子の教育を支えました」

農業アプリ企業CEO/サティーシュ・ヌカラさん「家の貧しさを知っていたので、私にできたのは、しっかり勉強して、いい収入が得られる仕事に就くことでした」

アメリカ企業への就職を果たし、工場の運行システムを担当。数億円規模のプロジェクトのリーダーを任されるまでになりました。その地位を捨てて、インドで独立するきっかけとなったのが、政府が整備した決済システムでした。

農業アプリ企業CEO/サティーシュ・ヌカラさん「10年から15年前、私たちは欧米の発展のために働いていました。しかし国内のシステムの整備が、インドの発展につながると気づき、創業を決めました。とてつもなく大きなインパクトでした。教育や健康、食料。システムの恩恵は、あらゆる産業に渡っています」

インドが個人IDを使った独自のシステムを整備した背景には、アメリカの巨大IT企業への懸念がありました。

いまから10年ほど前、アメリカの巨大IT企業が、利用者の購買履歴や閲覧履歴などのデータを独占し、国家をしのぐ影響力を持とうとしていました。

19世紀からおよそ100年にわたりイギリスの植民地支配を受け、搾取された歴史をもつインド。

“現代のデジタル空間でも、同じような支配が起きかねない”と、政府のシステムを開発した責任者は、当時、自立したシステムの構築を急いだといいます。

システム開発責任者/シャラド・シャルマ氏「あらゆるデジタルインフラが、アメリカ企業に握られることを懸念していました。そうなればインドが“デジタル植民地”になってしまうのではないかと危惧したのです」

経済を活性化し、イノベーションの基盤ともなってきた個人ID。その一方で、生体情報まで登録する個人IDには、プライバシーが侵害されるという批判の声も上がってきました。

インドの独立間もない頃から弁護士として活動し、高等裁判所の判事を務めた経験もある、プッタスワミー氏は、急速に導入が進んだ個人IDについて「プライバシーを侵害し、憲法に反する」として国を相手取り、最高裁に提訴しました。

プッタスワミー氏の息子/ヘマンス氏「政府は個人IDを導入したとき、国民の生体情報と個人情報を取得しようとしました。その個人IDを携帯電話会社や通信事業者など、民間企業に提供しなければならないと言ったのです。父は個人IDの取得は、国民ひとりひとりの判断に任せるべきであり、国が強制すべきではないと主張したのです」

最高裁は訴えの一部を認める判決を下しましたが、政府はその後も法律を改正し、個人IDのシステムを継続しました。

プッタスワミー氏は、政府の裁量で個人情報の扱いが左右される国のあり方に、いまも懸念を抱いています。

元高等裁判所判事/プッタスワミー氏「私は見届けることは出来ませんが、この国が正しい方向に向かうことを願っています」

政府の閣僚として、個人IDの導入を推進したナンダン・ニレカニ氏です。政府が国民の情報を必要以上に管理することはないとしています。

インド固有識別番号庁 初代長官/ナンダン・ニレカニ氏「国が個人データを収集し、一元管理するものではありません。国民のプライバシーは厳格に保護されるのです」

批判や懸念の声もある中、デジタル政策を推し進め、成長を続けるインド。モディ首相は、個人IDがもたらした成果を国際社会にアピールしています。

インド/モディ首相演説「10億人以上の人々が、銀行口座や携帯電話にひも付いた独自のデジタル生体認証IDを手に入れた。いまインドのデジタル技術は、人々のプライバシーを守りながら権利と尊厳を最大化している」

河野憲治キャスター「デジタル技術を推進力に、怒とうの勢いで発展を遂げるインド。インドは建国後、自主独立・非同盟を掲げ、途上国の結束を呼びかけてきました。  第3の勢力のリーダー格とみられてきたのです。長年その影響力は限られてきましたが、ご覧頂いたデジタル技術を力に台頭。そのインドを9年にわたって率いているのが、モディ首相です。ウクライナ侵攻後も、ロシアと強い結びつきをもつ一方でいま、アメリカとも急速に関係を深めています。モディ首相は、国際社会で分断や対立が深まる中でも、したたかに相手国から実利を引き出しています」

<不安定な世界で台頭 インド モディ首相の戦略>

ウクライナ侵攻や、米中対立などで高まる地政学的なリスク。

モディ首相はいま、この不安定な世界でニーズが高まっている物資の生産を加速させています。

インド/モディ首相「インドは製造業の拠点をめざす。それが自立への基礎となるのです」

そのひとつが、長年ロシアに依存してきた兵器の国産化です。海外への輸出も見据え、すでに装甲車は、国連のPKOにも採用されています。

インド大手防衛企業会長/ババ・カリヤニ氏「2030年には、インドは防衛分野で完全に自立し、ミサイルをはじめ、あらゆる兵器を国内で製造していることでしょう。モディ首相のリーダーシップは国民を一致団結させ、インドの強さを引き出します。誰もが心を打たれるのです」

さらにモディ首相が狙いを定めているのが、米中対立の焦点となっている半導体です。

インド西部では、半導体の巨大な製造拠点が築かれようとしています。投資額は総額3兆円。4年後の製造開始にむけ、工場の建設計画が進んでいます。

電力の安定確保に欠かせない発電所や、流通に必要な国際空港も建設。世界の一大生産拠点になることを目指しています。

グジャラート州政府幹部/ハリート・シュクラ氏「半導体をめぐっては、どの国も自国での生産を目指し戦略的に投資しています。その中で、インドが世界で最も重要な生産国になることは間違いないと確信しています」

ここで半導体製造の指揮を執るのが、アメリカのビジネスマンです。欧米の大手半導体企業で、30年以上にわたり重役を務めた人物で、ことしインドの半導体製造会社のCEOとしてヘッドハントされました。半導体をめぐって世界が大きく動くいま、そこに国力を注ごうとするインドの戦略に、将来性を感じています。

インド半導体製造会社CEO/デビッド・リード氏「インドの戦略は見事で大胆です。90年代日本が半導体の王者だった。その後、王者は韓国、台湾、中国と移り変わり、これからはインドの時代が訪れるでしょう」

そして2023年6月、モディ首相みずからワシントンを訪れ、産業分野での協力強化を訴えました。訪問にあわせて、アメリカの半導体大手企業によるインドへの投資が発表されました。中国をけん制するためにも、インドとの関係を強化したいバイデン大統領の思惑と合致したのです。

バイデン大統領「米印関係は世界で最も重要だ。かつてなく強固で緊密でパワフルになっている」

河野キャスター「第3極として躍進を遂げるインドですが、人権を巡る問題で国際社会から厳しい目も注がれてきました。インドは建国の父・ガンジーや、ネルー首相の時代から、多様な宗教や民族の共存を、国の大切な精神としてきました。しかしいま、モディ首相のもとで、少数派の宗教の人たちに対する抑圧が強まっているとの批判も出ています」

<インドへの"懸念" 民主主義の実態は>

モディ首相とバイデン大統領による共同記者会見。ふたりが会談の成果を語った直後の質問です。

アメリカ主要メディア ジャーナリスト「『モディ政権は、宗教的少数派を差別し、それを批判する人を黙らせている』と多くの人権団体が指摘していますが」

インド/モディ首相「その指摘に驚いています。インドは民主主義国家です。民主主義はインドのDNAに刻まれています。私たちの魂です」

指摘されているのは、少数派のイスラム教徒への抑圧です。

2019年、モディ首相はイスラム教徒が多く暮らす州で長年認められてきた自治権を撤廃。政府の統治を強化しました。

さらに市民権法を改正。国外から逃れてきたヒンドゥー教徒などには市民権を与える一方で、イスラム教徒は対象外としました。多数派のヒンドゥー教徒の支持を集めるために、少数派の権利を制限していると批判されるモディ首相。

インドを代表する知識人で、政治学者のプラタップ・メフタ氏は、モディ首相の政治手法は、インドの民主主義を揺るがしかねないと警鐘を鳴らしています。

政治学者/プラタップ・メフタ氏「モディ首相は『宗教的少数派は脅威だ』『反国家的でインドを転覆させようとしている』として、市民への抑圧を正当化しています。その上、モディ政権は、ある意味こうかつです。反発する人々を大勢取り締まることはしませんが、標的を絞って逮捕することで、見せしめにしているのです。インドの民主主義は、試練に直面しています。個人の自由や権利は、かなり後退しているというのが大方の意見でしょう」

インドの台頭は国際秩序にどんな影響を及ぼすのか。

インドと関係強化を急ぐ各国の動きを冷静に見ている専門家がいます。シンガポールの外交官として、かつて国連大使も務めたキショール・マブバニ氏です。

マブバニ氏が批判的に見ているのが、アメリカの外交姿勢です。中国の人権問題を強く批判する一方で、インドとは関係強化を優先。こうした姿勢がアメリカの国際社会での求心力を低下させ、逆にインドや新興国を勢いづかせていると指摘しています。

シンガポール元国連大使/キショール・マブバニ氏「2023年6月のアメリカ訪問で、バイデン大統領がモディ首相に用意したレッドカーペットは、どの指導者に対するものよりも分厚いものでした。インドの人々はアメリカの“ダブルスタンダード”をよく知っています。ダブルスタンダードを続けるのなら、アメリカの地位が失墜し、人権を重んじる理念が広がることはありません。世界の国々は、欧米から人権に関する『説教』など、もはや受け入れないでしょう」

国内の人権問題を指摘されながらも、大国と実利で結びつき、影響力を拡大するインド。

いま、インドがけん引しようとしているのが、新興国や途上国からなる“グローバル・サウス”と呼ばれる国々です。グローバル・サウスの国々は、今後急速な経済成長が見込まれています。シンクタンクの予測では、2050年には、アメリカ、中国を大きく引き離すと見られています。

2023年1月モディ首相は、グローバル・サウスの国々を集めたサミットを開き、『この世紀に私たちは新たな国際秩序を築いていく』と呼びかけました。

<グローバル・サウスへ 広がる“インド式 個人ID”>

グローバル・サウスの中で、一大勢力となっているアフリカ。

アフリカでいまインドの存在感を高めているのが、あのデジタル技術です。

2023年5月、ケニアのナイロビで開かれた個人IDの導入を推進する国際会議では、アフリカ各国から、政府や企業の関係者が参加しました。インドは技術者など15人を派遣し、インド式の個人IDやオンライン決済の利便性をアピールしました。

インド政府のPR動画「インドのデジタル・システムを活用すれば、国の繁栄を実現することができます」

さらにインドは、ことし議長国を務めるG20でも、デジタル会合を主催。デジタル・システムを提供する覚書を、シエラレオネなど4か国と交わしました。

インドの担当閣僚は、デジタル空間で先進国の支配を許してはならないと強調しました。

インド電子情報技術担当閣外相/ラジーブ・チャンドラセカール氏「一部の国や企業が技術をコントロールし、持つ者と持たざる者という状況をつくりだしてきた。デジタル技術は先進国ではない人たちにも力を与えるものでなくてはならない」

<インドと共鳴するエチオピア 大事なのは「主権」>

アフリカの国々では、インドと同じように、経済成長から取り残された人たちをいかに支えるかが長年の課題となってきました。

人口1億2000万のエチオピアは、近年高い経済成長を遂げながら貧富の差が広がり、4人に1人がいまだ貧困状態にあると言われています。

インドと同様、本人確認の書類がなく、銀行口座も持てない人が多くいます。こうした人々をシステムにつなぐことで、格差を是正し、経済を底上げしたいと考えています。

エチオピア国民番号推進室/広報担当者「これまでに全国で登録されたのは140万人です。2025年末には7000万人の登録を目指しています」

インドはシステムを導入する国に、大きな裁量を認めています。システムをどんな用途で使うのか、政府がどのデータを管理するのかは、それぞれの国が判断します。

エチオピアでは、税務署で生体情報の登録が行われていました。システムの活用で、税を公平に徴収し、貧困層などへの補助金の支給にもつなげたいとしています。

エチオピア国民番号推進室 室長/ヨダヘ・ゼミカエル氏「個人IDの最も重要な使い道は税収です。誰が税金を払っているか、誰が税金を払っていないかを確認したいからです。このシステムを税の徴収に活用するのは理にかなっています」

アフリカの国々ではインドのシステムだけでなく、その理念への共感も広がっています。

かつてヨーロッパ列強の植民地となった歴史のあるアフリカ。エチオピアは、かろうじて独立を守りましたが、周辺国は列強に支配され、主権を奪われました。

先進国に依存することなく、自国の裁量で自由に運用できるインドのシステムは、各国に受け入れられています。

エチオピア国民番号推進室 運営責任者/ヘノク・ティラフン氏「システムを自主的に運用でき、私たちの主権が尊重されていることに共感しています。このシステムでは、私たちが自分たちで決定を下すことができるのです」

<中国とは異なる形で躍進するインド>

インドが結びつきを強めるアフリカで、これまで大きな存在感を示してきたのが中国です。

中国はアフリカの国々に、巨額の融資を行い、鉄道や港などのインフラ建設を行ってきました。しかし今、多くの国々が巨額の債務を抱え、中国にインフラの権益の譲渡を迫られる「債務のわな」の懸念が広がっています。

エチオピアと隣国ジブチを結ぶ鉄道。総工費およそ40億ドルの大半が中国からの融資でした。しかし今、旅客列車は2日に1本運行されているだけで、債務返済のめどは立っていません。

一方、インドはその中国とは異なり、グローバル・サウスの国々に債務を負わせない形で連携を進めています。

インドのデジタル技術を海外に普及させる組織の本部には、アフリカをはじめ、各国の政府関係者が連日視察に訪れています。インドのシステムを公開し、無償で技術を提供しています。

インド デジタル技術普及組織 会長/デバブラタ・ダス氏「世界中に無償で提供しています。導入国の主権を尊重し、技術はすべて移転します。私たちはその国のデータにアクセスできないのです」

さらに、導入した国には、5年に渡って専門の知識を持つ技術者がサポートするとしています。この日は、エチオピア政府の担当者とオンラインでつなぎ、生体情報を登録する機器についてアドバイスしていました。

いまインドは、アフリカの国々にとって、中国への依存度を下げる新たな選択肢として浮上しているのです。

エチオピア国民番号推進室 室長/ヨダヘ・ゼミカエル氏「複数のパートナーをもつことが大事です。ひとつの国に過度に依存することは、戦略的なリスクになるのです」

インドで個人IDのシステムを整備したニレカニ氏は、インドの影響力の拡大に自信を深めています。

インド固有識別番号庁 初代長官/ナンダン・ニレカニ氏「インドがデジタル・システムを世界に提供することで、あらゆる国が友好国となり、世界におけるインドの地位を向上させます。インドが世界のリーダーになるうえで、大きな力となるのです」

<台頭する“第3極” インドと世界の行方>

河野キャスター「私たちはこの20年、欧米に対抗しながら台頭する中国の姿を目の当たりにしてきました。今回の取材で見えてきたのは、その中国とも違う形でインドが躍進し、国際秩序を左右するまでになっているという現実です」

河野キャスター「インドの台頭で世界秩序はどう再構築されると思いますか?」

シンガポール元国連大使/キショール・マブバニ氏「欧米が世界を支配してきた19世紀や20世紀とはまったく違う世界になるでしょう。その過程では、多くの問題が起きるかもしれません。しかし、いくつもの勢力が台頭する多極化を受け入れ、互いを尊重することができれば、よりよい世界に向かうかもしれません。大きな転換期には常に危険があり、衝突の恐れもあります。私たちは、思慮深く行動しなければならないのです」

2023年6月下旬。アメリカを訪れたモディ首相がそのまま向かったのが、中東のエジプト。貿易や防衛分野での関係を強化する合意を交わしました。

そして2023年7月。東南アジアのフィリピンでも、インド式の「個人ID」の登録が行われていました。いまインドのシステムは、グローバル・サウスの11か国に広がっています。

第3極として台頭するインド。その足元には今なお、多くの矛盾も抱えています。

分断や対立が深まる不安定な世界で、インドの存在はどこまで増していくのか。

14億の大国と向き合わずして、あすを語ることはできない時代に、私たちは生きています。