#4 結び目理論(シーズン2)

NHK
2023年10月28日 午後1:00 公開

こんにちは! 笑わない数学のスタッフがお届けするブログです。

「見逃した!」「よく分かんなかったあの部分、もう一度見たい!」 はい、そういう場合のために、NHKプラスでは放送から1週間、NHKオンデマンドでは放送から1年間、それぞれ配信しています。

今回のテーマ、結び目理論はいかがでしたか? ひもの結び目の分類って、そもそも数学者がやることなんだっけ?という疑問に始まり、19世紀に結び目を分類しようとした数学者のエネルギーにもビックリしませんでしたか。だって何百兆通りの場合分けを調べるというんですから。

結び目の分類に最初に取り組んだピーター・テイトという数学者は、数学者のなかでも結構個性的な人物だったんじゃないかとおもいます。じつは笑わない数学で以前とりあげた「四色問題」にも取り組んでいたことのある数学者です。その回では残念ながら紹介できませんでしたが、テイトはケンプの証明を読んで面白いと感じると同時に、もっと洗練された証明方法があるはずだ、と張り切って、別な証明方法をいくつも学会で発表したという記録があります。もっとも論証には誤りがあったそうですが。

テイトは風貌も個性的ですよね。あの1枚が肖像写真として使われることになったのには、たぶん本人が「これは自分らしさが出ている」とOKしてのことだとおもうのですが、ほかにも写真があるだろうに、なんでこれにOKを出したんだろう?というあたりにも、きっと性格が現れているのかな?とか、もしかして目立つのが好きだったのかな?と想像させられます。

笑わない数学は、いろんな数学者の肖像画や肖像写真を紹介していますが、そういう絵や写真裏にどんな物語があったんだろうって、ふと思うことがあります。もっと言えば、数学者という存在は当時の社会のなかでどんな風に受け止められてたんだろう、数学者といえば頭がいい人、というイメージや、世の中の俗っぽいことに関心のない、なんだか別の世界に住んでいるような人々、みたいなイメージは、どんなきっかけで社会に広まったんでしょうね。プロの数学者に実際に出会ったことがある人は少ないわけですから・・・。

さてさて、すこし数学の話もご紹介しましょう。結び目の分類は、莫大な数の場合分けが出てしまうことを紹介しました。あのような説明が出てきた出発点は、スタッフが「テイトはどうやって分類したんだろう?」と不思議に思ったことがきっかけで、試しに(最小)交点数が1と2と3の場合で書き出してみたんです。

ホワイトボードやノートに書き出してみると、ぐにゃぐにゃした形のものを漏れなく調べ尽くすのは意外と厄介で、あらゆる可能性を調べたことになっているのか自信が持てなかったり、思った以上に場合分けが出てきて書き出すスペースが足りなくなったり、あれ?この結び目ってさっき調べなかったっけ?と混乱したり・・そうこうするうちにウンザリ(!)しかけて「この作業はめちゃくちゃ大変だぞ」と実感したんです。

何を言いたいかっていうと、場合分けで結び目を分類する、という説明の方法は、今回スタッフがある意味オリジナルで思いついた考え方なんです。以前に誰かが本に書いていたりWEBで紹介してくれていたものを借用したわけではなく。数学をテレビ番組にするという無理難題に取り組んでいて「面白いな~」とおもう瞬間の1つは、いまのように手を動かしたり、チームで議論しているうちに、どんな教科書や入門書にもない、ツボにはまる伝え方がふっと生まれてきて、それが番組作りのブレイクスルーになっちゃうことがある、ってことだったりします。

下勉強でいろんな本を読み、難しい数学のことを学んでいける楽しさ(苦しさ?役得?)も大きいんですが、数学をテレビ番組に作り替えていく手法を編み出している醍醐味も面白いんですよね。

そうやって発見した「場合分けでウンザリ(!)」は、だったら番組で紹介するのはやめよう、という話にもなりかねないんですが、今回は、それをやった数学者はすごい!というエピソードにうまく活かすことができました。

ちなみに、わたしたちはこのエピソードを勝手に創作したわけではなく、こういう作業をしたあとで、監修の先生方に相談し、テイトの論文も読んで、当時もこんな風に調べたであろうことを確かめた上で、今回の番組で紹介しています。

なお、この場合分けに関連してもう1つお話ししておくと、番組では何百兆通りもの場合分けがあるといいましたが、それはあくまで単純計算で場合分けの数をかぞえた場合で、実際には、テイトはさすがにそこまでの場合を丹念に調べなくても済むように、場合分けの数を減らすスマートなやり方をいろいろ持ち込んで効率よく調べたはずです(ちゃんとした記録は残っておらず詳細はわかりません)。そうやってテイトは数年かけて(最小)交点数7までの結び目を、結果的には完全に正しく分類しました。

ホント、みなさんも交点2の結び目でいいですから、場合分けして紙に書いて分類してみてください。テイトの地道な努力の凄さがホントに身にしみて伝わってきますから!

多項式が結び目の指紋になる

結び目理論ってどこで勉強するんでしょう? 大学に入ってから、しかも数学か理論物理学を専攻するような人むけに講義が開かれるようです(スタッフは結び目理論という分野のことを今回はじめて知りました)。

番組に登場した「指紋」について、ちょっとだけ補足してみたいとおもいます(数学の正しい用語では「不変量」といいます。形がかわっても不変な量、というわけですね)。不変量の発見は、結び目理論の歴史のなかで画期的なことでした。たとえば、番組で何度か登場した三つ葉結び目の左手型と右手型をおもいだしてください。

この2つって形がすごく似ていますが、本当に違う結び目だ、ってどうして言えるのか? ひもを変形してもこの2つは同じにならないって明らかに感じるけど、でも数学的な厳密さで、当たり前におもえることをどうやって証明するのか? 不変量が登場する前の数学者はものすごく苦労したんだそうです。ところが不変量をつかえば、多項式の形をみるだけで一目瞭然に判定できるわけですから、ものすごい威力を発揮しているというわけです。(アレクサンダー多項式では区別ができないのですが、ジョーンズ多項式では区別ができることがわかったのは、番組でご紹介したとおりです)

さて中学や高校の数学に親しんでいると、ちょっと面食らうのがtの多項式です。このtには深い意味はないんです。たとえば、式に勝手にイコール0をつけて、方程式の解tを求めようとしても意味はありません(中学や高校では多項式を見かけると、反射的にそんなことをやりたくなっちゃうかもですが)。多項式はtの関数というわけでもありません。あの式はtに何らかの数を代入して使うものではないんです。また、多項式とひもが一緒に出てくるので、tには物理的な意味があるのかな?ひもの状態を示す変数なのかな?とついつい考えたくもなるかもしれませんが、そういう物理的な意味もまったくありません。

高校の数学や物理に出てくる多くの数式とはちがって、不変量としての多項式は、あくまで多項式そのものとして捉えるものなんです(スタッフは勉強を始めた頃、まずこのことに慣れるまで壁がありました・・そういうことは教科書には書いていないんですよね・・)

今回の番組では「行列式(detという記号で書く)」というものを用いてアレクサンダー多項式を求める手順を紹介しました。ちょっと面倒な感じだったかもしれませんが、あれは結び目の形からうまい具合に重要な特徴を抽出する作業になっているんです。

じつは行列式を使って求める方法は、いま結び目理論を専門的に勉強する人々にとっては極めてマイナーな方法で、結び目理論の教科書でもほとんど紹介されていないのですが、今回の番組ではビジュアル的に面白いこともあって、この手順を紹介しました。某wikipediaにいい解説があったのですが、今回こうして動画になったことで、さらにわかりやすくなったとおもっています!

それにしてもこういう魔法のような計算方法がいったいどういう発想から出てきたのか不思議だなあとおもいませんでしたか。その背景の紹介をスタッフは見かけたことがないので、もしご存じの方がいらっしゃったらSNS等で解説を共有してくださると嬉しいです。

そして行列式以外のアレクサンダー多項式の求め方(漸化式をつかう方法)も、高校数学の範囲で分かる部分があります。興味のある方はぜひ、結び目理論の教科書やWEB検索で調べてみてください。

数学は発見か発明か

今回の番組は最後に、数学とは発見なのか発明なのか、という大きな問いをご紹介しました。あまりに大きなテーマなのでここではもうこれ以上、言葉を費やさないようにしようとおもいますが、シーズン2の第1回で放送した非ユークリッド幾何学にも、そんなことを考えさせられる数学の歴史がありましたよね。

ノーベル賞を受賞したユージン・ウィグナーという物理学者・数学者は「自然科学における数学の不合理なまでの有効性」という講演をしています(1960年)。笑わない数学の残りの放送では、このことが引き続き、1つのテーマになっていく予定です。壮大な問いの行方をぜひ、楽しみになさってください!

※理論物理で有名な「超弦理論(超ひも理論)」と、今回の「結び目理論」は、なんだか似たところがありますが、全然別物です。紛らわしいですね!

今回のキーワードと数学者たち

結び目理論

数学に登場する結び目とは

端っこのない閉じた結び目

2つの結び目が同じものなのか違うものなのか、変形しなくても判定できる方法はあるか?

ウィリアム・トムソン(ケルビン卿)

原子の正体は何かの結び目のようなものではないか??という当時の説

ピーター・テイト(イギリス)

ひもとひもが交差する「交点」

(最小の)交点数ごとに結び目を分類してみる

交点のアップに注目して考える

ひもがつながる先をしらみつぶしに地道に調べる

気の遠くなるような作業

(最小)交点数8でテイトは挫折

これ以上 結び目を分類する時間を見つけられない 代わりに作業してくれる人物が大いに望まれる

超めんどくさいこと?

トーマス・カークマン(イギリス)

(最小)交点数10までの結び目のリスト

自信をもって同じ結び目か違う結び目か断言することはめちゃくちゃ難しい

数学的にきっちり判定する方法を見つけ出そう

結び目は「変装」が得意

指紋のようなものがあれば「変装」を見破ることができる

指紋=不変量

ジェームズ・アレクサンダー(アメリカ)

アレクサンダー多項式

ひもの交点とひもが囲む領域の位置を頼りに、結び目を数式に置き換える

交点に番号をつける

領域に番号をつける

ひもに向きをつける

ルールにしたがって表を埋める(行列をつくる)

行列式を計算する

アレクサンダー多項式に弱点

三つ葉結び目 左手型と右手型

鏡映を区別できない

ヴォーン・ジョーンズ(オーストラリア)

ジョーンズ多項式

フィールズ賞を受賞

ジョーンズ多項式にも弱点が見つかる

数学者たちは不変量探しにどんどん夢中に

HOMFLY(ホンフリー)PT多項式

マキシム・コンツェビッチ

コンツェビッチ不変量

そもそもなんで結び目なんか研究してるんだっけ?

数学者が勝手に作り出したゲームのようなもの?

エドワード・ウィッテン(アメリカ)

自然法則と結び目理論の結びつき

宇宙誕生当時から自然法則に結び目理論が組み込まれていた?

マリオ・リヴィオ(アメリカ)

数学は人間が頭のなかで作り出した発明か?それとも人間とは関係なく大昔から存在していたものを人間がたまたま発見したものなのか?


次のコーナーは、この番組の監修を担ってくださっている数学者の小山信也さん(東洋大学 教授)の美しい道案内と、もっと深く学びたい方むけのガイド本の紹介です。

数学者が語る「結び目理論」の魅力 小山信也

結び目理論は,純粋数学の中で比較的新しい分野で,主として20世紀以降に発展しました.初期の結び目理論は,他の幅広い数学の深い理論とは無縁とみなされ,あたかも個別のパズルを解くことに特化した孤立した分野のように扱われていましたが,作用素環論を用いたジョーンズの業績がブレイクスルーとなり,今では多様体論から数論,さらには理論物理学や高分子科学,DNA理論まで,多岐にわたる分野との関連が見出されています.

本編ではそんな結び目理論の概要を,歴史に沿ってざっくりとまとめました.数学の新理論が異分野と交わりながら発展していく様子をご覧ください.

読書案内

◯村上斉「結び目理論入門(上)」

◯森下昌紀「結び目と素数」

パンサー尾形、「結び目理論」に挑む!

感想はハッシュタグ#笑わない数学 で! 次回もお楽しみに!

(この数学ノートは、毎週1回、放送後に更新する予定です)