#1 非ユークリッド幾何学(シーズン2)

NHK
2023年10月6日 午後6:05 公開

お待たせしました! 「笑わない数学」のシーズン2がはじまりました!

シーズン2を制作する機会に恵まれたこと、スタッフ一同とても嬉しく思います! それもこれも、番組を好きになって下さった方々が大勢いてくださったからこそです! 本当にありがとうございます! 皆さんにお楽しみいただけるよう頑張ります!!

さて、シーズン2の第1回目は「非ユークリッド幾何学」でしたが、いかがでしたでしょう? やっぱり難しかったですか?

「よく分かんなかったから、もう一度見たい!」、「いや、見逃した!」という方は、NHKプラスでは放送から1週間、NHKオンデマンドでは放送から1年間、それぞれ配信していますので、ご覧いただけたら幸いです。

図形の証明と数学の大変革

図形の証明って、確かに学校でやった記憶がありますよね。けど今回はそれを根本の根本、そう「公理」から考えてみたらどうなるか、ということから番組が立ち上がりました。

「定理」は聞いたことがあるけど「公理」は聞いたことなかったなあ、という方もいらっしゃったかもしれません。けど、誰もが納得するような「メッチャ簡単で超当たり前の公理」からスタートして証明にたどり着くなら、その証明はものすごく納得のいくものになる、ってことになりますよね。だって、出発点が誰もが納得するものなわけですから、文句のつけようがないわけです。

でももし、誰もが納得する当たり前の事柄からスタートせず、逆に、「とにかくこうなっていますから!」と誰かから押し付けられた「与えられた前提」からスタートするなら、「その前提はホントなのかなあ」、「それから導かれた証明は正しいのかなあ?」ってなってしまって、完全に納得することは出来ないってことになってしまうかもしれません。だから、公理からスタートする図形の証明を学校で教えてくれないのは残念だなあ、って思うわけです(いまの中学校では公理からの証明は学習指導要領的にはやらなくていいってことになっているそうです…)。

で、今回はまず、学校では「とにかくこうなっていますから!」と教えられる「平行線の錯角は等しい」ということを、ちゃんと「公理」から証明してみました。

そしてこの「錯角が等しい」ということから、尾形さんが証明した「三角形の内角の和は180度である」だけでなくて、図形の実に様々なことが証明できていくんです。いってみれば、ほんの数個の駒を倒すだけで、広い床全体に並べられた無数の駒を一気に倒せてしまうドミノ倒しみたいな「スカッとする爽快感がある!」って感じしませんか?

ちなみに今回の錯角の証明方法、番組スタッフの一人が中学校の授業で先生から教えてもらったもの。ちょっとまどろっこしいですがちゃんと「公理」から導かれていることが分かりますよね。もしかしたらその先生も、「生徒に『スカッとする爽快感』を味わってほしい!」って気持ちで教えてくれていたのかも知れません。

そしてその後番組では「平行線公理」とも呼ばれる「公理5」が「どうも納得できない」、「ひょっとしたら他の4つの公理から証明できる『定理』なんじゃないか?」、「だから『公理5』は公理から外してしまった方がいいんじゃないか」、という数学者たちの葛藤のお話をしました。

そこで試しに、「公理5」をちょっと変えた「新しい公理5(平行線は2本以上引ける)」を含んだ公理のセットに置き換えてみると、そこには何の矛盾も起きず、それどころかたくさんの定理が導けるというボヤイの発見を紹介したわけです(ロシアのロバチェフスキーも同じ時代に同じ発見をしました)。

もちろん「新しい公理5」から導かれる定理たちはどれも見慣れないものだったわけですが、公理からドミノ倒しのように次々と定理が求められるという「スカッとする爽快感」は変わらずそこにあって、何より重要なことは、導かれるたくさんの定理の間にはなんの矛盾も見つからなかったことです。矛盾があれば、そもそもその新しい論理体系は存在意義がなくなりますが、それが全く見当たらなかったわけです。これには数学者たちも驚いたことでしょうね。ボヤイも「全く違う世界を作り出してしまった・・・」というまるで怪物を作り出してしまった科学者・フランケンシュタインみたいな言葉を残したわけです。

もちろん出てくる定理は見慣れないものなので「ホントかなあ?」って思うことは可能です。でも、「公理が“正しい”」とするなら、その奇妙な定理が論理の力を借りるだけでいわば自動的に出てきてしまうわけで、その存在意義を否定することは出来ません。だから数学者も本当に困ったんじゃないかと思うんです。

でもやがて、「公理は単なる取り決めに過ぎなかったんじゃないか?」、「矛盾しない限り公理を自由に選んでもいいんじゃないか?」と考え直すようになったそうなんです。それはいわば、幾何学という学問が、人間の経験や直感から独立した真に自由な論理体系へと大変革を遂げた瞬間だったわけです。そうなると、平行線公理だけでなく、公理1の2点を結ぶ直線は1本しか引けない、という人間の経験に裏打ちされた「当たり前のこと」を公理にするだけでなく、「2点を結ぶ直線は場合によっては何本も引けてもいい」みたいな、経験とはちょっと違う公理をスタートにした幾何学だって、矛盾がない限り立派な論理体系だ、ってことになっていくわけです。

このことはよく、幾何学が自然科学から自立した瞬間、というように語られるそうです。自然科学はあくまで人間の経験や観測や実験などに基づいて作られますからね。いってみれば、この時初めて論理と無矛盾性だけに基づく経験や直感から独立した“本当の数学”がはじまったと言えるかもしれないのです。

そしてその後、幾何学だけでなく、算術や確率論といった数学の他の分野も、公理から出発する“本当の数学”に生まれ変わっていくことになるんです(そういえば、確率論の数学ノートで少しだけこのお話をしましたね)。だから非ユークリッド幾何学の誕生は、数学に大変革をもたらすもきっかけになったとよく言われるそうです。ちなみに、算術の世界にも「公理」を導入し、誰もが納得するものに作り変えようという試みについては、近々放送する「1+1=2」の回でじっくりお伝えしますので楽しみにしていてください!!

宇宙と幾何学

そうそう、このブログではもう一つ、番組では詳しくご紹介できなかったことに触れておきたいと思います。それは太陽のような重力の周辺では、三角形の内角の和は180度にならない! という話に関すること。そもそも三角形を描く方法はどうやるのかっていうことを疑問に思った方がいらっしゃるかも知れません。具体的には、宇宙空間に直線を引くってどういう風に定義するのか、ということです。

平面の上では直線はまっすぐだって定義できるように思えますけど、そもそもまっすぐってなんでしょう? 分かりにくいですよね。そこで、直線をそのように定義せずに、2点間の最短距離を直線と呼ぶ、と定義したらどうでしょう? (ちなみに、「定義」というのは、「定理」や「公理」と違って、単に「その言葉が意味すること」ということです)。こうすると「公理1」は、2点間を結んだときその最短距離のルートは1つしかない、ってことになりますからより納得できる感じがします。

ということで、太陽のような重力の周りでもこの定義を用いて三角形を描いてみるんです。実際にやるとメチャクチャ大変でしょうけど、太陽の周辺の3点を決めて、その点同士をロープで結び、それをピーーーーンと思い切り引っ張って最短距離にすれば、それが点と点を結ぶ直線ってことになりますから、できた図形は三角形ってことになります(三角形の定義は「3つの直線で囲まれた図形」ですものね)。で、各頂点での2つの辺の角度を分度器で測ってみるんです。すると、例えば太陽が三角形の内側に入っている場合には、内角の和は180度より大きくなるんです! (つまり、見た目まっすぐに見えるルートは、実は最短距離ではないってこと。このことは世界地図で、例えば東京・ロサンゼルス間をまっすぐ結んだ線が、実は最短距離ではないみたいなことと同じなんです)。

もちろん、宇宙空間に三角形を描くなんてことを実際にやった人はいまだかつていないわけですけれども、番組に出てきた1919年に行われた光の曲がり具合の観測は、実際にロープを張った場合と同様の意味になるってことが一般相対性理論で示されているそうなのです。

そして厳密に言うと、太陽だけでなく、すべてのものは重力(万有引力)を持つわけですから、私たちの身の回りの空間でも三角形を描くと、内角の和は180度から微妙にずれるんだそうです。不思議ですよねえ。数学者が頭で考えたはずの非ユークリッド幾何学の世界が、それとは関係ないはずの実際に私たちのすぐ近くにあるなんて・・・。

ちなみに、「頭で考えたはずの数学が、それとは本来関係がないはずの私たちの周囲でも使われている」というこの事実、「笑わない数学」シーズン2の隠しテーマの一つとなっています。興味がある人はこのことをちょっと覚えておいてくださいね! では、また!

今回のキーワードと数学者たち

(非)ユークリッド幾何学

5つの公理

“2つの点を通る直線(線分)は1本しか引けない”

“直線はいくらでも延ばすことができる”

“点を中心にして任意の半径の円を描くことができる”

“直角はすべて等しい”

“直線と点があるとき 点を通って直線に平行な平行な直線は1本しか引けない”

めっちゃカンタンな、超当たり前のことがら

平行線の錯角は等しい

ユークリッド幾何学

たった5つの公理を出発点に、さまざまな図形の性質が自動的に次々と証明されていってしまう

ゲッチンゲン大学(ドイツ)

ドロテア・バーンズ博士

「ユークリッド幾何学は揺るぎのない論理体系。ニュートンやカントもユークリッド幾何学の正しさを疑うことはなかった」

唯一無二、絶対真理、完全無欠の論理体系

長年ささやかれた噂

公理5は本当に超当たり前?

非ユークリッド幾何学の発見

プロクロス

ガウス

ボヤイ・ヤーノシュ(ハンガリー)

「平行な直線が2本以上引けるなら、何が起きるのか」という空想

ありえっこないメチャクチャな世界?!

まったく別物の定理が次々と証明できてしまう

まったく異なる常識に支配された異質の文明世界を発見したような驚き

ベルンハルト・リーマン(ドイツ)

「平行な直線が1本も引けない」場合にもあらたな図形の世界が広がる

ベルトラミとクラインの発見

ユークリッド幾何学に矛盾が無いならば非ユークリッド幾何学にも矛盾は存在しない

アルベルト・アインシュタイン

一般相対性理論

1919年の観測で一般相対性理論の正しさが認められる

数学者の「これしかない」という信念が崩れる


次のコーナーは、当初からこの番組の監修を担ってくださっている数学者の小山信也さん(東洋大学 教授)の美しい道案内と、もっと深く学びたい方むけのガイド本の紹介です。

数学者が語る「非ユークリッド幾何学」の魅力 小山信也

東京~ニューヨーク間の距離は,ネットで調べると10,899kmです.これはいわゆる「直線距離」,すなわち航空機でまっすぐ飛行した最短経路の長さを指します.この場合の「直線」とは,地球の内部を貫通する「3次元空間内の直線」ではなく,地球の表面をなぞって進む「2次元球面上の大円」です.

私たちは通常「円と直線は別物」と認識していますが,地球を俯瞰する状況では,大円が「直線」になるのです.これは,古代から幾何学(ユークリッド幾何学)で不動と思われてきた「直線」や「距離」の概念が,実は状況によって変化するものであることを意味しています.直線や距離の概念を別のものに置き換えると,新しい幾何学ができるのです.こうして創った幾何学が「非ユークリッド幾何学」です.それは現代数学において重要な役割を果たしています.

個人的な話になりますが,私は大学院生時代に,非ユークリッド幾何学のある図形のゼータ関数がリーマン予想の類似を満たす事実に衝撃を受け,それをリーマン予想研究に活かすことを目標に研究に勤しんだ思い出があります.そんな現代数学の一端をご紹介できれば幸いです.

読書案内

◯砂田利一・加藤文元(編集)「幾何学入門事典」 第14章「非ユークリッド幾何学」第15章「いろいろな幾何学」

◯深谷賢治「双曲幾何(現代数学への入門)」

◯砂田利一「曲面の幾何(現代数学への入門)」

また、次に挙げる拙著は、上記リーマン予想の攻略にまつわる非ユークリッド幾何学の入門的な要約を含んでいます.

◯小山信也「セルバーグ・ゼータ関数」第1章「双曲幾何学からの準備」


パンサー尾形、非ユークリッド幾何学に挑む!

事前の勉強会から番組収録までの舞台裏を紹介!

感想はハッシュタグ#笑わない数学 で! 次回もお楽しみに!

(この数学ノートは、毎週1回、放送後に更新する予定です)