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リンダ・グラットンさんに聞く 「人生100年時代」の生き方とは?

NHK
2021年6月3日 午後6:04 公開

世界的ベストセラーとなった「ライフシフト」の著者、リンダ・グラットンさんです。

これまで私たちは「学生」「仕事」「老後」という3つのステージで人生を考えてきましたしかし、年々人間の寿命が延び「人生100年時代」が到来する中、新たな学びを繰り返しながら新しい仕事に挑戦していく「マルチステージ」の生き方こそが大切だとグラットンさんは言います。井上裕貴キャスター、保里小百合キャスター、片岡利文ディレクターがお話を聞きました。

詳しい放送の内容はこちらから「“さらばサラリーマン” 人生100年時代の生き方」

誰もが「社会的開拓者」になる時代

井上裕貴キャスター(以下 井上):人生が長くなり働く期間も長くなった、いわゆる「人生100年時代」となり、さらに新型コロナウイルス感染症も広がる中、企業と働く人にとっての新しい課題とは何でしょうか。

リンダ・グラットン:ええ、今こそ働き方を設計し直すまたとない機会だと思います。『ライフ・シフト』でご覧いただいた通り、私たちの人生は長くなってきています。もちろん、日本は世界でも有数の長寿国です。そのため、私たちには「マルチステージの人生」を送る機会があります。長時間労働の文化、長距離通勤といった、皆さんがずっと変えたいと思ってきた日本の働き方のいくつかを変えるための素晴らしい機会だと思います。

リンダ・グラットン:私たちは、自分の両親と異なる生き方を強いられる世代であるという意味において、誰もが皆、「社会的開拓者」だと思います。私たちの両親には長期雇用の制度がありました。これは日本でも非常に有益でした。しかし、人生の時間が長くなり、それと同時に多くの仕事が人工知能やロボット工学に取って代わる中、私たちは、働き方や人生設計を、もっと柔軟に幅広く考えていく必要が出てきているのです。

そして、そのために非常に重要なのが、私の本の中で「無形資産」と呼んでいるものです。有形資産、つまりいくら稼ぎいくら貯金するかは、もちろん非常に重要です。しかし、長い人生においては、無形資産も同じように重要です。

無形資産には3つのものがあります。1つ目は、あなたが持っている技術や評判。つまり他人があなたをどう見ているかです。2つ目は、あなたの健康、そしてあなたが持っている友人関係です。そして3つ目は、自分を「変化させる」能力。そのために大切なのが、自分自身のネットワークと人間関係なのです。

自分と全く同じような人達とばかり一緒に過ごしていると、変化するのはとても難しいことです。しかし、例えば、自分で起業した人、新しく技術を習得し直した人、旅行中の人など、自分と全く異なる人達と出会える幅広く多様なネットワークを持っていれば、このような人たちが、あなたの人生を変えるために必要な刺激を与えてくれるのです。

井上:日本における早期退職の急激な増加については、どうお考えでしょうか。

リンダ・グラットン:経済的な観点から言うと、高齢化が進むにつれて、人々が働かなくてはならない期間は長くなります。ですから、日本の皆さんには70歳になっても働くことを考えるよう強くお勧めします。しかし会社をやめてはいけないという話ではありません。他のこと、例えば自分がやりたいビジネスを始めるのも、ボランティア活動を行うのもよいでしょう。人口高齢化が進む日本では、70代でも十分に働く能力があり、まだまだ生産性の高い社会の一員であると理解することは、非常に重要なことです。

保里小百合キャスター(以下 保里):中高年の人たちは、変化に適応するのに大変苦労されているようにも見えます。どのような壁があり、どう乗り越えていけばいいでしょうか。

リンダ・グラットン:今の50代の人たちは、ある意味一番大きな困難を抱えていると思います。もっと若い世代の人たちは、自分たちの人生が上の世代とは異なるものになるとすでに気付いているし、逆に50代よりも上の世代はすでに退職しています。40代や50代の人たちは、自分たちの人生が変わろうとしていることに、今気付き始めています。とくに、これまでずっと1つの企業で働いてきた人にとっては、大変なことです。長く働いてから「違うことがしたい」と言うのは大きな困難を伴います。それゆえ、日本の企業がすべきなのは、まず働く人たちが変化に対応できるよう、経済的な支援を行うことです。さらに、起業のしかたや、フリーランスで仕事をする方法についての研修を行ったり、これまでとは違う仕事を経験させることも大切です。

井上:企業は社員と新しい関係を築く必要があると思うのですが、そのためには継続的な技能の向上、技能の再取得が必要です。このためには何が必要であり、またこれを実現させるために企業がすべきことは何でしょうか。

リンダ・グラットン:自分の仕事のさらに難しい側面を学ぶ「技能の向上」、全く異なる仕事を学ぶ「技能の再取得」は、日本のように、高度な知識に立脚した経済にとって極めて重要なことです。日本には聡明な人がたくさんいますが、彼らは常に技能の向上と再取得を必要としています。世界のビッグカンパニーでは実際にそれが行われています。米国企業、とくにIBMやAT&Tなどでは、中高年社員の技能向上に数十億ドルを費やしています。これらの企業は、外部から優秀な人材を調達し続けることは不可能だと気付き、社員の技能を向上させることにかじをきっているのです。

60代や70代になっても遅くはありません。彼らの脳は正常です。年齢の高い働き手も、積極的に教育することが大切なのです。

一方で、日本もそしてイギリスも、多くの人々が働いているのは中小企業です。そうした小さな企業であっても、社員の技能向上に力を入れることは、やはり重要です。そうしなければ、どちらの国も世界の競争から取り残されてしまうでしょう。

片岡利文ディレクター:一方で、個人が自分のスキルアップにお金をかけるのは、とても難しくなっていると思います。日本では、家計の可処分所得が長期的には徐々に減ってきているからです。また、企業は中高年社員のためにお金を使うことにためらいがあると思います。こうした状況で、私たちはどう、学んでいけばいいのでしょうか?

リンダ・グラットン:おっしゃるとおり。ほとんどの人にとって学ぶことにお金をかけるのはとても難しいことです。生活水準も実質賃金も下がっていますが、これはほとんどの先進国に共通することです。

この助けとなるものとして、2つの異なるグループに目を向ける必要があります。1つは企業自身です。企業は、従業員のスキルアップを支援しなくてはなりません。もう1つは、もちろん政府です。シンガポールが良い例ですが、中高年の人たちのスキルアップを支援するために、多大な労力をかけている政府もあります。

しかし、もう1つ申し上げたいのは、近年、デジタル時代となり、多くの情報の取得や学習がオンライン上で非常に低価格で可能となっている、ということです。私もここ数か月、あるオンラインプログラムを受講しています。これにかかる費用は少額です。

井上:冒頭で、「社会的開拓者」について言及されましたが、改めて、社会的開拓者とは何か教えて頂けますか?

リンダ・グラットン:これは、「すべての世代が変化を求められている」ことを象徴する言葉です。日本でも祖父母や両親を見るとよくおわかりいただけると思います。私の母の世代や私自身の世代の女性は、仕事に関して社会的開拓者であることを求められました。仕事を持ち、指導者となることはとても困難でした。私は65歳ですが、ロンドン・ビジネス・スクールで最初に教授になった女性の1人であり、初の「子供を持つ女性教授」です。そういう意味では私は社会的開拓者でした。そして、現在の50代が社会的開拓者となるためにすべきことは何かを見ると、70歳をすぎても働き続けられる、という姿を示すことだ思います。リスクをいとわず、技能の向上や再取得に時間を割く必要があります。50代で始めれば、遅すぎるということはありません。少なくとも残り30年間の、生産的な生活が控えているのです。これは素晴らしい投資といえるでしょう。

井上:その話を聞くと、社会的開拓者になることは多くの人にとって難しいことだと思えますが、いかがでしょうか。

リンダ・グラットン:はい、もちろんです。誰もが社会的開拓者になれるわけではありません。社会的開拓者になるには、リスクをいとわないことが必要です。

私のロンドン・ビジネススクールのMBAプログラムには、20名の日本人学生がいます。みんな、すばらしい学生たちです。とくに男性は「子どもの面倒を見る」という点で社会的開拓者となろうとしています。「育児に時間を費やしたい」という男性は、ご存知の通り日本では一般的ではありませんからね。

また同時に彼らは「起業したい」とも言っています。日本は、先進国の中で起業家の割合が最も低い国の一つです。Google、Amazon、Appleは日本で生まれたものではありませんが、すべて起業家によって作られた会社です。ですから、次世代の起業家を作ることも必要なのです。ここで興味深いのは、起業家の成功という点では、50代の人たちは20代よりも成功する可能性が高い、という研究があります。50代とは、自分の人生を真剣に考え直すまたとないチャンスなのです。

井上:ただ、私たちは学びのほとんどを20代のうちにすませてしまいます。そうした中、若い頃に学習した内容を、今後60年にわたり通用させ続けるためには、どうしたら良いとお考えでしょうか?

リンダ・グラットン:もちろん、従来型の「3ステージの生き方」では、20代までに教育を受け、60歳まで働き、60歳を過ぎると退職するという流れでした。「マルチステージの生き方」では、一生をかけ学び続ける機会があります。これまで執筆してきたすべての著書を通じ、私は生涯教育を始めることがいかに重要かを訴えてきました。それはつまり、世界に好奇心を持つということです。私は教えることが仕事ですが、実は今回、生徒にもなりました。フィクション作家が小説の書き方について教えてくれる授業を受講しているのです。今後小説を書ことは、今のところ無いとは思っていますが…。

私は、何歳であっても、学ぶ心構えを持つべきだと思っています。新型コロナがもたらした恩恵があるとすれば、それは「オンラインで学べる」とわかったことですね。大学で学ぶことに比べ、コストも抑えられます。

保里:「社会的先駆者になるには、リスクを取らなければならない」とおっしゃいましたが、リスクを取るとはどういった意味でしょうか?

リンダ・グラットン:そうですね、課題のひとつは、それぞれの文化にはリスクを受け入れる許容範囲があるということです。例えば、企業家精神のある文化では、リスクを受け入れる傾向にありますね。アメリカでは、起業し失敗したとしても、「素晴らしいじゃないか。失敗から学んだのだから」と言われるでしょう。けれど国によっては、日本もそうだけれど、失敗は悪いことだと考えられています。ですから、人々はリスクを取りたがらないのです。そして日本が次のステージに移行する中、リスクを取ることに対する抵抗がなくなっていくという変化も伴うと思います。

変わる日本人の働き方

保里:若者たちが経済的自立を追求し、早期退職を目指す傾向が広がっているようにも思えますが、どうお考えですか?

リンダ・グラットン:日本では、若い世代に変化が起きていると思います。これまで日本を何度も訪れて若者たちと語り合い、またロンドン・ビジネススクールのMBAの日本人学生とも接してきましたが、その中で感じたのは、若者たち、そして企業の側にも、変化や新たな認識が生まれつつあることです。一生ひとつの企業で勤め上げる終身雇用制は、かつての日本では非常にうまく機能し、その結果、すばらしい日本企業が多く生まれました。しかし実際、そうした働き方は柔軟さに欠け、企業にとっても、そして特に若者を中心とした個人にとっても機能しなくなってきているのです。

私は若者たちに、「3年ごとに仕事や職場を変わるべきだ」などと言うつもりはありません。そんなことが行われている国もありません。でも私は、人々が、「今の会社で働く以外の道はないのか」と本気で考えるようになってきていると感じます。人生のどの時点にも、選択肢があると、気づきはじめたのです。

井上:私が懸念しているのは、経済的な自立を追求するだけでは人生は満たされないのではないか、ということです。自立を達成するのは良いことですが、それだけでは何も残りません。仕事そのものへの情熱がなければ、仕事は続けられないのでは、と思うのですが。

リンダ・グラットン:確かに、お金は大切だと思います。生きていく上では、必要なものですからね。でも長い人生においては、もっと重要な、お金以外の「資産」があります。長生きするためには、何よりもまず健康でなくてはならなりません。それに友達の存在も大切です。

健康を維持するのは、とても時間がかかることです。「ライフシフト」を執筆している時、もっと健康にならなければと思いました。そこで「毎日運動する」と私は決心しました。

けれど、運動すると1時間は取られます。健康でいたいなら、長時間労働を避け、健全に働く必要があります。だからこそ、コロナ禍で、企業や私たち自身が「いつもオフィスに来ないといけないわけではない」と気づいたのは、健康を維持する上でも非常に重要だと思うのです。

保里:今日本では、新型コロナの感染拡大で緊急事態宣言が発令され、厳しい状況にあります。どうすればより良い人生を望むことができるでしょうか?

リンダ・グラットン:感染が拡大する中で、仕事に対する考え方や、長時間働くことに対する考え方に変化がありました。私たちはより強く、適応力や柔軟性を備えた人間へと成長していると思うのです。自分の人生は自分で決められると思えるようになりましたし、また家族をより身近に感じられるようにもなりました。

一方で、柔軟性は企業にとっても非常に重要です。企業は、さまざまな年齢の新しい人材を必要としているからです。また個人にとっても、自分に選択肢があると感じられることは、とても大切です。しかし日本で起きていることは、それほど大きな変化ではありません。他のほとんどの国では、ひとつの会社を数年で辞めるのが普通ですから。

私が伝えたいのは、30代半ばあたりで、別の会社に挑戦したり、もう少し規模の小さい企業に転職したりすることも選択肢の一つだと感じられるとよい、ということです。もしくは、自分でビジネスを始めるのも良いでしょう。一人ひとりが、自分の生き方について、もっと多くの選択肢があると感じられることが、本当に重要だと思います。

井上:これまでの常識を払拭し、日本の企業文化を再考し、年齢をめぐる固定観念を取り払うには、何が必要でしょうか?

リンダ・グラットン:3年前に同じ質問をされていたら「日本企業は変わらないと思う」と答えたでしょう。変化する必要性が感じられなかったからです。でも新型コロナを経た今では「日本企業の大きな変化を今後目の当たりにするだろう」とお答えします。人々はもう、毎日オフィスに通勤する必要はないことに気がついたのですから。それに「別の仕事ができるかもしれない」とか、「他の会社で仕事をするのもありかもしれない」と、気がつき始めています。労働市場は、かつてないほど盛り上がっているのです。いま、人材採用に関わる人と話せば、これほど忙しい時はない、と言うはずです。人々は「これまで通りのやり方、働き方を変えるのは今しかない」と自問する絶好のチャンスなのです。これまで通りのやり方が、不安やストレス、不健全な働き方の原因であったことはわかっています。それが女性や母親にとって、悪影響であることもわかっています。今こそ、変わる時です。

井上:マルチステージの生き方は、すべての人を幸せにすると思いますか?

リンダ・グラットン:そうであって欲しいと願っています。何が人を幸せにするかは人それぞれですが、私にとっては、田舎を訪れ散策し、庭の手入れをすることが幸せの源です。私たちそれぞれが幸せの源を見つけ、それに合わせた形で柔軟に仕事ができるようになれば、幸せのチャンスも膨らむと思います。

保里:今日から始められることは、ありますか?  

リンダ・グラットン:まず自分に問いかけてください。自分が本当に好きなことはなんだろう?と。そして、ネットを活用して、そのことを学び始めましょう。3つめは、毎日運動をしましょう!  

井上:日本は世界第3位の経済大国であり、長寿社会であり、先進技術を備えています。日本にしか出来ないことは、あると思いますか?

リンダ・グラットン:高齢化が進む中で、どうすれば、健全な社会を維持していけるか、その方法を日本が示すことを、世界が注目しています。日本は高齢化社会だと言われています。だからこそ日本はテクノロジーや素晴らしいAI技術、画期的なロボット技術などを駆使して、50代、60代、70代、そして80代になっても、社会に貢献し続けられることを、世界に示してほしいと思います。それこそが、日本から世界への贈り物だと思います。

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