海の異変 しのびよる酸性化の脅威

NHK
2022年7月17日 午後9:46 公開

番組のエッセンスを5分の動画でお届けします

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(2022年7月17日の放送内容を基にしています)

あなたは知っていますか?いま、海の中で大変なことが起きているのを。

深刻さを増している地球温暖化。原因とされるのは、人間の活動によって放出され続けている二酸化炭素。その増えすぎた二酸化炭素を、世界中の海が大量に吸収している。大気中の二酸化炭素の50倍もの量を、海が蓄積している。でも、そんな大切な海に、恐ろしい異変が起き始めている。

「海洋酸性化」だ。

被害を受けているのは、海の中の小さな生き物たち。酸性に傾いた海の水によって体が溶け始め、命が奪われている。小さな生き物たちの異変は、それを食べて生きる、より大きな生き物たちの異変につながっていく。このままいくと、海の生き物たちの5分の1が消滅してしまうという予測もある。私たちが食べている海の幸も、激減してしまうかもしれない。海洋酸性化。これはあなたの知らない大きな危機の物語。

<北極海へ 小さな生き物が溶ける!?>

海の生き物が溶ける。一体どういうことなのか。

2020年9月、研究者たちを乗せた調査船が、清水港(静岡)を出発した。目指すは、地球温暖化の影響がとくに進んでいるとされる、北極海。

世界でも最大級の規模を誇る海洋調査船「みらい」。およそ2か月にわたる航海で、北極海の環境や生き物を調査する。調査を行うのは、近年、氷が急速に減少しているエリアだ。水深150メートルまでネットを沈め、生き物を採取する。

「入ってます!」

「全部リマキナ(翼足類)です」

「おーすごいすごい!」

体長3ミリほどの小さな生き物。研究者が長い航海を経て捕まえたかったのは、これだった。プランクトンの一種で、「翼足類(よくそくるい)」と呼ばれる仲間だ。その名のとおり、翼のような足で泳ぐ。英語でいうと、シーバタフライ。上の画像は、北極海や近隣の海域に多く生息する翼足類、ミジンウキマイマイだ。大きな魚の餌となる。

海洋研究開発機構 主任研究員 西野茂人さん「翼足類は、炭酸カルシウムの殻をもったプランクトンで、食物連鎖を通して、より高度の生態系に影響するかもしれないということで、ひとつのキーとなるプランクトンなんです」

翼足類の殻を精密に分析すると、異変が見つかった。小さな体を、ひとつひとつX線で撮影して、殻の様子を立体的に分析していく。殻の断面を見てみると…

海洋研究開発機構 主任研究員 木元克典さん「ところどころ薄くなっているのが分かるかと思います。これは溶解によるものですね」

殻の密度が低いことを示す青い部分が多い。殻がもろくなっているのだ。こうした異常が見られた18個体を調べると、殻の密度が、正常なものより平均で20パーセント低くなっていた。中には、殻が溶けて穴が開いているものもある。一体、なぜ?

<しのびよる酸性化の脅威>

小さな生き物が溶ける原因は、北極海の水にあることが実験で確かめられた。

正常な翼足類のプランクトンを用意して、北極海でもとくに酸性化が進んだ辺りで採取した海水に入れてみる。透き通っていた殻が、24時間たつと、白く濁った。溶け始めたのだ。

4日目、殻の一部に穴が開いた。もう、自由に泳ぐことはできない。

そして5日目。死んでしまった。

これこそが「海洋酸性化」の仕業。酸性に傾いた北極の水が、殻を溶かしてしまったのだ。

北極海の水は、どれほど酸性化が進んでいるのか?

酸性やアルカリ性の度合いはpH(ピーエイチ)の値で示される。真水は中性で、pH7.0。世界の海水のpHは、平均でおよそ8.1。アルカリ性に寄っている。これに対し、北極海の海水を調べると、pHが7.5や7.85と、酸性側に近づいている場所があることが明らかになった。

海水が、酸性に近づく理由。それは、いま大気中に増え続けている二酸化炭素だ。実は海の水には、大気中で増えすぎた二酸化炭素を吸収する性質がある。

下の画像で、水槽に入っているのは、実験用の海水だ。酸性化するにつれ、黄色く変わる物質が加えられている。

水槽の周りを二酸化炭素の濃度を高めた空気で満たし、海水に触れさせる。

すると、海水の表面から深い方へと次第に黄色く変化していく。二酸化炭素が海水に溶けると、化学反応が起き、海水を酸性化させていくのだ。

1時間後、水槽全体の海水が黄色に変わった。二酸化炭素は、海水に溶け込みやすく、このように全体に広がっていくのだ。

二酸化炭素は、海水の温度が低くなるほど、溶け込みやすい。それに加えて北極海では、温暖化の影響で氷がとけ、より広い面積で海水と大気が接するようになっている。そのため北極付近の海では、とくに多くの二酸化炭素が溶け込み、海洋酸性化が進んでいると考えられるのだ。

その結果起きているとみられるのが、あの小さな生き物が溶ける現象。調査によると、北極海の翼足類の生息数は、2004年に比べて、2019年にはおよそ5分の1にまで減ったことも分かっている。

木元さん「有殻翼足類は、他の動物プランクトンや大型の魚の基本的なエサになっています。翼足類がいなくなると、それを食べる動物が困りますし、今度はそれを食べているさらに大きな生き物が困っていく。ドミノ倒しのように生物に影響が及ぶということが考えられます」

海洋酸性化の影響は、北極海周辺の海にも広がっている。すでに私たちに身近な魚にも影響が出ている可能性がある。その魚とは、日本人におなじみのサケだ。近年、サケの不漁が毎年のように報じられているが、これまでは、日本近海での海水温の上昇などが原因だと考えられてきた。

ところが。

北極海の南、ベーリング海で調査が行われた。

日本近海でとれるサケは、ベーリング海で育ったものだ。2021年にベーリング海で採取したサケの胃を調べると、中身の8割を、あの翼足類が占めていた。最新の調査で、ベーリング海でも翼足類の殻が溶けていることが確認された。もしかしたら、長引くサケの不漁には、海洋酸性化による翼足類の減少が関わっているかもしれないのだ。

<世界の都市沿岸でも 生き物が溶けている>

北極海で進む、海洋酸性化。実は最近、その他の海域でも、小さな生き物が溶ける異変が確認され始めている。シアトルなど、大都市が連なるアメリカ西海岸。

深さ60mほどの海底に、ダンジネスクラブというカニが生息している。地元では、ゆでて食べられる人気のカニだ。

異変が見つかったのは、ダンジネスクラブの赤ちゃん。詳しく調べると、殻の一部にいくつも穴が開いていた。体を動かすのに欠かせない「メカノレセプター」という感覚器が、溶け落ちてしまっていたのだ。この感覚器を失った子ガニは、うまく成長できない。

南カリフォルニア沿岸水研究プロジェクト元研究員 ニナ・ベドナルセクさん「今後、子ガニの溶解がかなり進むと予想されます。(カニの)生息数は減少していくでしょう」

さらに今回の取材で、生き物が溶ける異変が初めて発見されたのが、東京湾だ。神奈川県が実施している、海底付近の生き物の調査に同行した。

調査を始めた1992年から底生生物は減少傾向にある(海水中の酸素・栄養状態の悪化が疑われている)。

もしかしたら、東京湾の小さな生き物も、溶け始めているのではないか?

これは、神奈川県の調査で採取されたゴイサギガイ。

今回、番組独自に、他の地域で採取した同じ種類の貝と比べてみた。

青色が濃い部分ほど、貝殻が薄くなっていることを示す。他の地域の同じ貝と比べると、東京湾のものは、明らかに貝殻が薄くなっていた。

さらに詳しく調べるため、貝殻を切断して断面を見てみると、東京湾の貝は、貝殻の表面がデコボコしていた。

日本貝類学会会長 東邦大学教授 大越健嗣さん「表面から何か浸食を受けていて、一部、貝殻の表面が溶解して、どんどん溶解が進んでいる図に見えます。酸性化の影響の可能性はありますね」

東京湾の海水は、どれほど酸性化しているのか?

東京海洋大学では、2011年から海水を採取し、詳しく調べてきた。その結果、深さ23メートルの海底付近で、毎年夏場になると、海水のpHが7.5から7.75程度。北極海周辺と同じくらいの酸性化が起きていることが分かったのだ。

東京海洋大学 准教授 川合美千代さん「(東京湾は)外洋に比べて季節変動が非常に大きくて、外洋では見られないほど(pHが)低くなるということが観測されました。『海底の酸性化』が進んでいるということが分かりました」

海底付近の海水が、夏場に酸性化するのは、なぜなのか?

東京湾には、人間が出し続けた生活排水などが流れ込み、汚泥となって堆積している。夏になると、汚泥が微生物に分解され、たくさんの二酸化炭素が発生。海底付近を一気に酸性化させると考えられる。アメリカ西海岸など、世界の都市の沿岸部で、同じようなことが起きている可能性がある。人間の営みは、大気中からだけでなく、海の底からも二酸化炭素を増やし、海洋酸性化を引き起こしているのだ。

世界で進む海洋酸性化。38年にわたる日本の気象庁の調査でも、実態が明らかになってきている。調査を始めた1985年以降、大気中の二酸化炭素は増え続けている。一方、海水のpHは、8.14から8.06。酸性側に変化し続けていることが分かる。大気中の二酸化炭素が増えるにつれ、海洋酸性化も進行するのだ。

いま、二酸化炭素の排出量は増え続けている。このままいくと、海洋酸性化は私たちにどれほどの影響をおよぼすのか?

下の画像は、アメリカ海洋大気庁(NOAA)が、最新の観測データをもとに予測したシミュレーションだ。世界全体の海水のpHは、現在およそ8.1。

それが、2050年には、pH7.9。

2080年にはpH7.8。そして今世紀の終わり2100年には、pH7.7に達すると予測されている。

このままいくと、小さな生き物が溶けて死んでいく現象は、食物連鎖を通じて、大きな生き物にも深刻な影響を及ぼすおそれがある。80年後の2100年には、最悪の場合、海の生き物のおよそ20パーセントが消滅するとも予測されている(IPCC「海洋と雪氷圏特別報告書」(2019))。いま起きている海洋酸性化は、私たちの未来に関わる大きな危機の兆候なのだ。

このままもっと酸性化が進んだら、海の中はどんな世界になっていくのだろう?

そんな未来の姿を教えてくれる場所が、東京から150キロ離れた、式根島にある。自然豊かで美しい海。でも、ある場所だけ、海の水が恐ろしいほど酸性化している。例えるなら、「このまま世界で海洋酸性化が進んだ“80年後”の海」だ。

サンゴも魚もいない。海底からあたたかい泡が噴き出す世界が広がっている。

このあたりの海底から噴き出しているのは、二酸化炭素を多く含む火山性のガス。まわりの海水を強く酸性化させている。そのせいで、小さな生き物たちがほとんどいなくなり、それを食べる魚たちも見当たらない。まるで「死の海」。専門家たちの予測では、このままのペースで海に溶け込む二酸化炭素が増えれば、世界の海の酸性化が、80年後には、この場所と同じくらいまで進んでしまう。

そんなこと信じられないと思うかもしれない。

でも、実際にこの地球上で、かつて「すべての海水」が、これくらい酸性化したことがあるのだ。

<太古の地球で起きた 激しい海洋酸性化>

それははるか昔、5600万年前のこと。恐竜はもう絶滅し、下の画像にあるような姿の哺乳類や大型の鳥などが繁栄し始めた時代だ。

このころ、現在のアイスランド近くの海底で、数千万年に一度という規模の地殻変動が始まったと考えられている。

長さ3000キロ、日本列島をすっぽりと覆うほど広大な範囲で海底が裂けて、マグマが噴出し、大量の二酸化炭素が放出された。大気中の二酸化炭素の濃度は現在の4倍まで増え、地球の平均気温は5℃以上も上がったとされている。大量の二酸化炭素によって、激しい海洋酸性化が発生。世界全体の海水は、pH7.4まで酸性に傾いたと考えられる。

そこから地球が元の状態に戻るまでには、17万年もかかったという。

これほど激しい海洋酸性化から、地球はどのようにして回復していったのか。そこにこそ、いま起きている海洋酸性化の問題を解決するカギがあるのではないかと考える研究者がいる。東京大学の安川和孝さんだ。

東京大学 准教授 安川和孝さん「地球温暖化、気候変動から、どうやって地球が元に戻っていくか、その始まりから終わりまで、世界中のさまざまな地層に記録されている」

安川さんが調べたのは、世界各地の海底から掘り抜かれた太古の地層のサンプルだ。インド洋の海底から採取した地層を詳しく分析したところ、「ある物質」が非常に多く含まれていることを発見した。それは、下の画像に写る白い粒、バリウムの結晶だ。

5600万年前あたりの地層にだけ、バリウムが突出して多く含まれていたのだ。

バリウムの結晶は、植物プランクトンの死がいがもとになってできる。つまり二酸化炭素が激しく増えたこの時代、海で植物プランクトンが爆発的に増殖していたことが分かったのだ。

安川さんは、このプランクトンが、大量の二酸化炭素を減らす最初のカギになったと考えている。

安川さん「海で植物プランクトンが大繁殖し、光合成をして、有機物をつくって、海の底に沈めていくプロセスが起こったと思っています」

どういうことか?安川さんの考えは、こうだ。

およそ5600万年前、大気中の二酸化炭素が増え、温暖化した地球。海では植物プランクトンが大増殖した。

それが、豊富な二酸化炭素を吸収して光合成を行うことで、大気中の二酸化炭素を減らしていく。吸収した二酸化炭素は、植物プランクトンの体内に、炭素を含む有機物として蓄えられる。

食物連鎖を通じて、動物プランクトンも大増殖。それを食べる魚なども増えていく。そして炭素は、フンなどに含まれる形で、海の底へ沈んでいく。

暗く、冷たい深海では、炭素を含む有機物はほとんど分解されない。大気を満たしていた膨大な二酸化炭素は、最終的に生き物たちの働きで、海底に封じ込められていく。この仕組みは、「生物ポンプ」と呼ばれている。およそ5600万年前に起きた二酸化炭素が激増した大事件は、この生物ポンプのおかげで時間をかけて解消され、地球の環境は元に戻ったと考えられるのだ。

安川さん「地球で急激な気候変動、環境の変化が起こったときに、元の状態に戻していく『フィードバック』と呼ばれる作用が、自然界の中で働いているということ。その証拠の一端が見えたというふうに感じました」

<二酸化炭素を減らす切り札「生物ポンプ」に 危機が迫る>

「生物ポンプ」は、地球の海が備えている、いわば「天然の二酸化炭素吸収装置」だ。それは、現在の地球でも働き続けている。

ここは、南極海。

さまざまな生き物が食べているのが、体長6センチほどのナンキョクオキアミだ。

世界中のナンキョクオキアミを集めると、推定5億トン。地球上で最大の生物量だ。このオキアミもまた、植物プランクトンを食べ、フンをすることで、大気中の二酸化炭素を絶え間なく海の底に送っている。生物ポンプの代表選手だ。南極以外でも、オキアミのような小さな生き物による、生物ポンプが働き続けている。その結果、海全体に吸収される二酸化炭素の量は、毎年92億トンと見積もられる。これは人間が排出している二酸化炭素の2割にも相当する。

しかし、いまのまま二酸化炭素が増え続けると、生物ポンプに重大な影響が及ぶ可能性が指摘されている。オーストラリアでナンキョクオキアミの研究をしている川口創さんは、海の水の酸性化が進むと、ナンキョクオキアミの卵に異変が起きることを初めて突き止めた。

川口さんたちは、人工的に酸性化の程度を変えた海水の中で、オキアミの卵を育てる実験を行った。すると卵のふ化率は、海の水がpH7.7より酸性化すると、急激に悪化することが分かった。酸性化した海水が卵に入ると、細胞がタンパク質を合成しにくくなり、発達が妨げられるためだと川口さんは考えている。

予測によると今世紀末、南極の海水は、まさにそのpH7.7にまで酸性化が進んでしまう。そうなると、ナンキョクオキアミが激減し、生物ポンプの働きが大きく失われると川口さんは警告する。

オーストラリア南極局 上席研究員 川口 創さん「南極海で起こっていることは、他人事ではない。われわれの遠くで起きている現象だと思いがちなんですけれども、実は全て、人間活動によって引き起こされている」

明らかになってきた、海の生き物たちが生み出す「生物ポンプ」の力。私たちが二酸化炭素の増加を食い止め、その力をどれだけ生かせるかが、地球の未来に大きく関わっているのだ。

<「生物ポンプ」を増やして 未来の危機を防ぐ>

瀬戸内海の日生(ひなせ)湾。浅瀬に広がっているのは、海の草、「アマモ」だ。多くの生き物が産卵場所などに利用している。

高校3年生の入澤佳苗さんは、2年前から、アマモを増やす活動に取り組んでいる。

岡山学芸館高校 入澤佳苗さん「めっちゃ光合成している。ここのブクブクなっているのが、光合成で出た酸素なんです。すごい」

アマモは、半年のうちに1メートルも成長。その過程で、大量の二酸化炭素を吸収し、炭素として体の中に蓄える。アマモが群生する海底の泥を分析すると、大量の炭素が含まれていることが分かった。枯れたアマモが泥となって蓄積し、海底に炭素を封じ込めているのだ。まさにアマモ自身が、「生物ポンプ」の役割を果たしている。

このアマモを、生息に適した日本全体の沿岸に根づかせることができれば、年間100万トン以上、二酸化炭素の吸収量を増やすことができるという。

しかし、アマモを増やすことは容易ではない。

稲穂のようなアマモの種。通常は2割程度しか発芽しない。

そこで入澤さんたちは、学校の課題研究で、少しでも効率よくアマモを増やすための方法を探ってきた。濃い塩水を作って、そこに収穫したアマモの種を入れる。沈んだ種は、身が詰まっている証拠。それを選んで植えると、発芽率が2倍以上に高まることが分かった。

この地域では、激減したアマモを復活させようと、30年以上、漁業者や小中高生などが協力して種をまいたり苗を植えたりしてきた。いまや、当初の20倍にまで面積を増やしている。

入澤さん「ここは5年前に学芸館(高校)が、再生活動を始めてから根づいたアマモです。本当に私たちがいて初めて成り立ったアマモ場です。とにかく感動です。ずっと危機的な状況で、何をやってもムダだという意見もあるんですけど、だからといって何もやらないのはおかしいし、未来を担っていく私たちが積極的に行動を起こしていく必要があると思います」

「生物ポンプ」の役割を期待される海辺の植物たち。8年前から、ベトナムの人たちが力を注いでいるのが、「マングローブ」の植林だ。国連の協力をえて、東京ドーム16個分、76ヘクタールの海辺に植えられた。

実はマングローブは、熱帯雨林など陸上に生える樹木よりも、二酸化炭素の吸収能力が高い。その理由は、丈夫な葉っぱだ。大気中から二酸化炭素を吸収し、やがて水の中に葉が落ちる。丈夫な葉は、海水の中で分解されるのに長い時間がかかる。葉に取り込まれた炭素は、泥の中に数百年にわたって封じ込められる。この働きによって、マングローブは、40倍の面積の熱帯雨林に相当する二酸化炭素の吸収量を誇る。

国連はいま、海藻や海辺の植物が生み出す「生物ポンプ」の力に注目している。世界の沿岸や浅瀬で植物を育てることで、年間最大14億トン、日本が1年間に排出するのとほぼ同じ量の二酸化炭素を削減することができると試算している。

この「生物ポンプ」による二酸化炭素の吸収量をさらに増やそうという、新たな挑戦が始まっている。目をつけたのは、本来海藻などが育たない沖合の海。民間の研究チームが始めたプロジェクトが、フィリピンの沖合で実証試験を始めている。

海に浮かべた直径10メートルほどのリングに、放射状にロープをはり、さまざまな海藻を根づかせる。どんな海藻が最も効率よく二酸化炭素を減らせるか、検証している段階だ。

プロジェクト代表 ブライアン・フォン・ヘルツェンさん「海藻の成長は驚くほど速く、私たちが検討しているジャイアントケルプは、3か月で45メートルも成長します。最終的に海藻は、自然にちぎれて深海に沈みます。それによって深海に炭素が運ばれ、何百年も貯蔵することができるのです」

解決すべき課題はある。

沖合の海水には、沿岸ほど栄養分が含まれておらず、もともとは海藻の栽培に向いていない。そこで研究チームは、海底の栄養豊かな海水を、太陽光発電を使ってくみあげ、海藻に供給する仕組みを考えた。ゆくゆくは、海藻の栽培場を直径数百メートルにまで拡大。それを世界の海の沖合に展開する構想だ。目標は、日本の本州の面積に匹敵する20万平方キロメートルもの「海藻の森」。

ブライアン・フォン・ヘルツェンさん「10数年後には、10億トンの二酸化炭素を減らすことができるはずです。二酸化炭素を深海に封じ込めることは、気候を守るすばらしい策だと思います」

「生物ポンプ」の力を、最大限高めようとする挑戦。これらの構想が実現すれば、二酸化炭素を年間24億トン削減することができると見積もられる。

いま人間は、大気中の二酸化炭素を、年間187億トンずつ増やし続けている。このままの状態で、海の「生物ポンプ」を最大に働かせても、減らせる二酸化炭素の量はごく一部にすぎない。

しかし、いま世界各国が目標としているように、私たちが「2050年までに二酸化炭素の排出量を実質ゼロ」にできれば、海の持つ力によって、着実に二酸化炭素は減っていく。

そんな未来を実現できるかどうかは、私たち自身の努力にかかっているのだ。

いま、私たちに見えてきた「海洋酸性化」という脅威。それが確実に迫っていることを、小さな生き物たちが教えてくれた。でも、この星の7割を占める広大な海には、地球の未来を救える大きな力が秘められている。いまなら、まだ間に合うかもしれない。できることは、きっとある。