“いじめ”から、逃げない 3年2組 4か月の挑戦【後編】

NHK
2023年5月24日 午後6:00 公開

(前編はこちら)

(2023年5月6日の放送内容を基にしています)

<社会の理解でエビデンスに基づく予防を進める欧米>

海外では、「予防」によって、いじめが起きにくい環境を作るという考え方が、広く浸透しています。

アメリカ・ペンシルベニア州の中学校。専門的な訓練を受けたトレーナーが、教師たちにいじめ予防の方法を指導していました。

この学校では、「ポジティブ行動支援」と呼ばれる、前向きな行動を促すアプローチに、学校全体で取り組んでいます。

いじめ予防プログラム トレーナー/マシュー・カールソンさん「エビデンスに基づいたプログラムを活用すれば、必ず学校全体の文化や雰囲気が改善され、全体的にいじめが起こりにくくなります。学校スタッフ全員がプログラムのトレーニングを受け、校務員からカフェテリアの従業員まで、誰もがいじめ予防について熟知しています。いじめを見つけたら、今後起きにくくなるように、みんなが行動するのです」

傍観者の子どもたちが、仕返しを恐れることなく行動できる仕組みも作っています。

各自に配布されているノートパソコンから、いじめを報告できるシステムです。「いつ、どこで、どのようないじめが起きたか」などを入力すると、学校の副校長に通知が届くようになっています。

1年間に報告されるいじめは、40件ほど。学校はすぐに介入し、問題の解決にあたることができます。

オーフィールド中学校/副校長「生徒の多くは、報告することでいじめが悪化することを恐れています。この仕組みが、そうした生徒を後押しし、解決に向けた第一歩につながるのです」

アメリカでいじめ予防が進んだきっかけは、24年前、高校で起きた銃乱射事件。教師や生徒13人を殺害した2人の高校生は、いじめの被害者だったと報じられました。いじめがもたらす影響の大きさに、社会が目を向けるようになったのです。

ペンシルベニア州教育省 安全対策担当/リア・ガルコウスキーさん「いじめの影響が一生続くことが研究で分かっています。それは、被害者や加害者だけではありません。いじめ予防プログラムに投資すれば、その後にかかる膨大なコストを減らすことにつながります。すべての大人がいじめとは何かを理解し、事後対応だけではなく、予防に取り組まなければならないのです」

政府が主導して、いじめ予防に取り組む国もあります。

ノルウェーでは、各学校のいじめ予防の取り組みについて、国が「監査」を実施。自治体には、学校を支援するための専門機関の設置を義務づけるなど、国全体でいじめに対応する体制が取られています。

ノルウェー ウッレンスアーケル郡/イングヴェ・ロンニング教育長「政府が『いじめをゼロにする』という目標を立てました。外部の専門知識を持った人が支援することで、教師たちはさまざまな問題に取り組むことが可能になるのです」

吹田市で行われている、いじめ予防授業のプログラムを作った、和久田学さんです。日本の教育行政も「事後対応」だけでなく、いじめ「予防」の考え方を大事にしていくべきだと指摘します。

子どもの発達科学研究所/和久田学所長「いじめ予防プログラムを僕らが作った時の考え方は、ひとつは先生たちに逃げないでほしいと思ったんですよ。一番簡単なのは、いじめを見て見ぬふりをすることなんです。見て見ぬふりをして、知らない顔して通り過ぎれば、先生たち厄介な仕事は全部なくなりますから。それをあえてやってくださいというには、こういう仕掛けを作って、ツールをお渡しして、より先生たちの指導支援のやりやすくなる方向にいきますよと。いじめは予防の方にお金と時間をかけるべきだと、考え方を変えていくべきです」

◇◇海外のいじめ予防 詳しくはコチラ◇◇

<最後の授業 子どもたちにも変化が・・・>

2023年3月。吹田第六小学校の3年2組の子どもたちは、最後のいじめ予防授業に臨もうとしていました。北村先生は、身の回りの“いじめの芽”について、子どもたち同士で話し合ってもらうことにしました。

児童「陰口を言うのって、いじめ?」

児童「いじめ」

児童「なんでいじめやと思う?」

児童「だってさ、1人になったらあかんやん」

いじめではないかと気になっていた出来事について、声をあげられなかったつむぐくん。初めて、友達の前で話し始めました。

つむぐくん「たまにあんねんけど、男子が着替えてるときに、1人が発言とか言うねん。なんかみんなが責めてきて、それっていじめなんかなって」

児童「言ったことすべて否定されるってこと?」

つむぐくん「否定っていうか、『違うやろ』みたいに言って、他の人も責めるから、これはいじめなんかなって」

児童「それは言葉によるんちゃうん?」

つむぐくん「確かにな。俺はこれだけ聞きたかったからな」

前回の授業の後、机を運んでもらえない子がいると先生に伝えた、まりのちゃん。この日の話し合いでは、自分からはそのことに触れようとしていませんでした。

話し合いの後、北村先生は前回の劇の話を持ち出して、子どもたちに問いかけました。

北村先生「この間の劇では、その子の机は鼻水つけてましたけど、だったらもう運ばない?」

児童「運べない」

北村先生「後ろにぽつんとひとり残っててもOK?」

児童「できたらそれはしたくないなぁ」

積極的に運ぼうという声があがらない中、まりのちゃんが、おそるおそる手を上げました。

まりのちゃん「(机が)残されてる人もかわいそうやし、それを見てる人も嫌な気持ちになると思うから、それは机を自分で運んだ方がいいと思った」

児童たち「あ~、確かに」

児童たち「運ぶ、運ぶ!」

まりのちゃん「いっぱい人おったから、ちょっと恥ずかしかったけど、なんか、最後にみんなが反応してくれたから、もしかしたらなくなるかもなぁって思いながらやってた」

北村先生「皆さん一生懸命考えてくれたので、よかったなと聞いていて思いました。これからね、他の問題が出てくるかもしれない。そのときに、どうしたらいいんかな、誰かに相談しようかな、自分ではこうしてみようかなって、ぜひ考え続けてほしいなと思います」

いじめをなくしたいと、いち早く行動してきた、しゅなちゃん。

いじめ予防授業が始まって4か月。教室の空気が変わってきたと感じていました。

しゅなちゃん「いじめはとにかく人を傷つけやすい。一回言ったことは心に突き刺さって、言葉が。その突き刺さったところは戻せないやん。今はけっこう直ってきてるけど、今からやと思うねん、ちゃんと直そうと思うのは。これでいじめがなくなったらガチで嬉しいし、みんなで明るく過ごせるんじゃないかと。あんまりなくならへんからな、いじめって、そんなすぐ」

3年2組、最後の日。

北村先生「いろいろあったけれども、子どもたちは前向きに乗り越えていこうというのは感じたから、ことし自分ができることはやったかなと思うので。あとは子どもたち4年生頑張れよ、という気持ちで送り出したのと、次の先生にバトンタッチして、つなげていってっていう感じかなって。だから、終わったっていう感じではないかなって。また次へって感じかな」

これまで、いじめが悪化してからの「事後対応」に追われてきた日本の教育現場。

いじめ予防に挑んだ3年2組の4か月からは、子どもたちの中にある大きな可能性が見えてきました。

その可能性を引き出し、新たないじめ対策へとつなげていけるのか。

問われているのは、私たちです。