倉沢アナが迫る!江戸時代のふなずしを再現する実験

NHK大津放送局アナウンサー倉沢宏希
2023年9月19日 午後2:00 公開

【滋賀県の郷土料理 ふなずし】

滋賀の食べ物と聞いて、ふなずしを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

ふなずしは、魚を発酵させてつくる「なれずし」の一種。
びわ湖で獲れるニゴロブナを塩漬けにしたあと、炊いたご飯と漬け込み、乳酸発酵させて作ります。

ことし3月には、このふなずしをはじめとした「近江のなれずし製造技術」が国の登録無形民俗文化財に登録されました。

今回お届けするのは、ただのふなずしではありません!

なんと「江戸時代のふなずし」
当時の製法でふなずしを再現する実験が行われているのです。

その研究チームの代表、
滋賀県立琵琶湖博物館の橋本道範(はしもと・みちのり)専門学芸員に話を聞き、実験の最前線に迫りました。(大津放送局アナウンサー・倉沢宏希)

【いまと全く違った? 江戸時代のふなずし】

江戸時代のふなずしを研究するきっかけとなったのが
「合類日用料理抄(ごうるいにちようりょうりしょう)」という書物。

橋本さん「江戸時代の元禄2年(1689)に江戸と京都で出版された料理書、今でいうレシピ本ということになります。ここに『江州鮒の鮨』という記載があり、ふなずしの製法が書かれているんです。」

江戸時代にもレシピ本のようなものが存在していたんですね~!

ここに書かれているふなずしの作り方には、現代と異なる点があったということです。
今回は3つ解説していただきました。

違い①:仕込みの時期

橋本さん「まずはじめに、『寒の内に漬申候(つけもうしそうろう)』と書いてあります。
いま滋賀県の皆さんは夏場の暑い時期に漬けると思いますが、1年中で最も寒い時期に漬けると書いてありました。」

違い②:お米の種類

橋本さん「また、ずっと見ていくと『黒米(こくまい)をこわめしに仕(つかまつり)』と書いてあります。『黒米』は、辞書を引くと玄米という意味。『こわめし』は、もち米を蒸したもの。つまり「もち米の玄米で漬けていた」と書かれています。
現在は「うるち米の白米」を使って漬けるが、これも全く違う漬け方が記載されています。」

さらに!現代のふなずしの作り方で重要な課程が、このレシピ本には「記載されていない」ということです。

違い③:「塩切り」の有無

橋本さん「いまは春に取れたふなを3か月ほど塩漬けにして、その後、夏に仕込みますよね。塩漬けのことを地元の言葉で「塩切り」といいますが、(資料には)「塩切り」の記載がないんです!つまり、冬にとれたふなをそのままお米と漬けていた、としか解釈できないんです。」

ふなずしに限らず、魚のなれずしといえば「塩漬け」にするのが当たり前と思ってしまいますが、いまとこんなにも製法の違いがあるんですね…!

橋本さん「江戸時代のふなずしの作り方について、ふなずしを漬ける料理関係の人などにも話を聞いたのですが『こんな漬け方は論外だ』というのが一般的な捉え方でした。そのため、実際に漬けてみないと本当にこの漬け方が存在したのかどうかが分からないということで実験を始めました。」

滋賀県の人びとにとってはおなじみのふなずしですが、

橋本さんなど研究者の間では、ふなずしについてそのルーツなどを巡ってホットな議論が繰り広げられているのだそうです。

そうした中で江戸時代のふなずしを作れるかを確かめることは、今後の研究や議論のうえでも大事になると、力強く話してくれました。

【レシピをもとに!再現への道のり】

それにしても、これだけ作り方が違うと、どんな見た目でどんな味なのか。
そもそも作ることができるのか、ということが気になってきました…!!

橋本さんたちは、江戸時代のふなずしを再現するため、一歩ずつ研究を重ねてきました。

まず、最初の2020年には、冬場の気温で発酵が進むかを確認していきました。

温度を一定に保てる恒温器でふなずしを漬け込んだところ、カビが生えてしまい、失敗に終わったのだそうです。

その後2回目の実験では、
恒温器ではなく実際の冬場の気温にさらしながら、ふなを漬け込むことに。
あわせて「塩切り(ふなの塩漬け)をしなくても発酵が進むか」を実験しました。

すると、発酵が進み無事ふなずしに。

食べても安全か検査をしたうえで試食を行うと「生ハム」のような食感だったということです!

そして、去年(2022年)行った3回目の実験では、江戸時代のレシピ本の記載通り、「もち米の玄米」を使ってふなずしを作りました。

橋本さん「玄米は香ばしい香りがして独特なふなずしになりました。一目見て、もち米の玄米がドロドロになっていなかったので、乳酸発酵が進んでいないのではと思いましたが、測定するとちゃんと発酵が進んでいました。
こちらは、ふなが硬く『ジャーキー』のような味がしました。」

…ジャーキー??水分が抜けてうまみが凝縮したということでしょうか?

橋本さん「そうですね。『これもアリだよね』という味わいになりました。」

…ふなずしの食感で「生ハム」「ジャーキー」など、思いもよらぬ例えが出てきて、びっくりしてしまいました。

このような発見が生まれた背景には、さらに地道な取り組みもあったのです。

橋本さん「ただおいしい、まずいというだけではなくて、現在のふなずしとかつての製法で再現したふなずしが、どういう味だったかを比較するため、『官能評価』というものをしました。市販のふなずしを県内のふなずし店から買い集め、一切れずつ食べ比べをしたんです。」

その数、なんと43種類!

滋賀県に長く住んでいらっしゃる方でも、これだけの種類のふなずしを食べた方はあまりいないのではないでしょうか?ふなずしが好きな人でも大変そう…。

「最後の方は感覚が分からなくなって、本当に科学的な評価ができるのかと思いました」と冗談交じりに話す橋本さん。ただ、そのように現代のふなずしの味を普遍的に把握したからこそ「ジャーキー」のような表現が可能になったわけですね。

橋本さんも研究に手応えを感じていました。

橋本さん「少なくとも『合類日用料理抄』に記載されたふなずしの製法は、荒唐無稽なものではないということを証明できるのではないかと思っています。さらに、ことしの第4回の実験では、プラスチック製の桶ではなく木の桶で漬けるとどのような乳酸発酵の違いがあるのかを実験しています。聞いた話だと、木の桶の方が全体でまんべんなく発酵するという話もあるので、
分析を待っているところです。」

【ふなずしの歴史と向き合う先に…】

着々と研究を進めている橋本さんたちですが、

江戸時代のレシピでは冬に漬け込んでいたはずのものが、
なぜ現代は夏に漬け込むように変わったのか、という部分も気になりますよね…。

橋本さんは今後の抱負とともに次のように語ります。

橋本さん「まさに、いつ・どうやって・誰が・なぜ、現代の製法に組み替えていくのかというのが、新たなる課題です。おそらく江戸時代の後半くらい、明治より少し前くらいに新たなる製法のチャレンジが行われて、それが現在に定着したのではないかと思っています。」

最後に橋本さんが思う「ふなずしの未来」を色紙に書いてもらうと

「チャレンジング」の文字が。

橋本さん「研究でも遠い未知の分野にチャレンジすることが大事だと思っています。
またふなずしにおいても、江戸時代の人たちは、冬場の寒い時期にとれるふな・寒ぶなを食べたいということで、(製法の)チャレンジが行われてきたのだと思います。
そのチャレンジこそがふなずしの文化を継承してきたものだと感じていますし、さらにこれから未来に向けてふなずしの文化を繋げていくためにも、またチャレンジするということが必要なのではないかと思っています。」

【取材を終えて】

滋賀県の伝統的な料理に、知られざる歴史があったことへの驚きがあった今回の取材。伝統を未来へつなげていくためのヒントを教えていただいた気がします。

いまとは違う時期にふなずしが仕込まれ、食べられていたとすると、びわ湖の漁のあり方を探る手がかりにもなると語る橋本さん。ふなずしの歴史に迫る研究は続きます。

(2023年8月31日放送『おうみ発630・しがばな』より)

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