精神疾患のあるコロナ陽性患者を東京都じゅうから受け入れる都立松沢病院のコロナ専用病棟に密着取材。すると、精神科病院にしか居場所のない患者、受け入れを拒む家族、ひっ迫する医療体制の中で葛藤する医療者たち、そして行き届かない行政の指導の実態が見えてきました。「コロナは我々が見て見ぬふりをしようと思っていた問題を明らかにした」。院長がそう語る、日本の精神医療の実態の記録。
「精神疾患×コロナ」の治療最前線
病床数898床、全国最大の精神科病院、都立松沢病院。2020年4月、新型コロナ患者の専用病棟を設置し、精神疾患と新型コロナ、両方の症状がある患者の治療を行う取り組みをいち早くはじめました。20床ほどの病床を用意し、東京都じゅうから患者を受け入れています。
コロナ専用病棟では精神科医に加え、感染症の専門知識のある医師や看護師らがチームを組んで治療にあたっています。
重い精神疾患があるコロナ患者は、一般の医療機関ではなかなか受け入れてもらえません。症状によっては一時的に行動を制限せざるを得ないこともあります。松沢病院ではそうした患者に高度な医療を提供して、コロナからの回復までを支えています。
2020年5月末。都内の精神科病院で、初めてのクラスターが発生しました。その一報を受けたのは、院長の齋藤正彦さんです。
「今朝になって患者が出た。患者が2人、職員2人が陽性になった。患者さんがこれからどんどん増えてくるわけだよ。それにどう対応するか考えなきゃいけない」(齋藤院長)
このとき、コロナ専用病棟は既に満床。対応は可能なのか、急遽、話し合いが行われました。
「いま、保護室が2床空いています。そこで2人は受け入れられます。あとは無理をすれば、患者さんを4人部屋に移して個室に受け入れることができなくはない」(精神科部長)
クラスターの発生後、松沢病院にはひっきりなしに患者が搬送されてきました。患者には、1年以上の長期入院をしている統合失調症や認知症の人たちが多くいます。病気の特性上、「マスクを外さない」といった指示が守れない人も少なくありません。さらに身体のケアのため、患者とのやりとりは密接にならざるを得ません。こうした状況の中、精神科病院での感染は瞬く間に広がっていったのです。
重症化リスクを抱える精神疾患の患者たち。その治療は医師たちにとっても難しい判断の連続です。
この日、運ばれてきた患者(63)は、統合失調症に加えて糖尿病などの持病があります。運ばれた3日後にコロナの症状が急激に悪化し、回復の兆しは見えていません。
さっそく治療方針の話し合いがもたれます。医師は、のどを切開して呼吸器を気管に直接つなぐ「気管切開」の手術を提案します。しかし、身寄りもなく、本人の意思も確認できない中での手術に、懸念の声が上がりました。
看護師:患者さんがいちばん心配なんだよな。彼が目覚めて、ある程度自分の状況が見えるようになったときに、自分の置かれている状況を受けとめられるのか。たぶん調子を崩すだろうし…
内科医:まあ、難しいですね。
精神科医:どっちにしろ、今の身体の治療のために気管切開が必要な状況なわけですよね。
内科医:そうですね、間違いなく。
精神科医:だから、そのへんまで覚悟しつつやるしかないですね。
精神科医:コロナで亡くなっちゃうと、そのあと棺に入る様子まで見ていると、新興感染症で亡くなるのは、本人にとっても本当に不幸なこと。コロナが治るまでなんとかしのぐことが、すごく意味があると僕は思っているんです。
議論の末、命を守るために、気管切開を行う決断がなされました。
「多くの地域の精神科の病院で、身体に病気が起こったときに患者さんが受ける治療は、精神に障害がない人が受けている治療より明らかに劣っている。僕らは、精神に障害があっても、一般の人が受けられる治療は受けられるようにしようと。それが患者さんの人権を守るための第一歩だと」(齋藤院長)
クラスター発生で浮かび上がる精神科病院の内実
2020年1月。東京では感染者数が2500人を超える日も出るなど、状況は深刻さを増していき、松沢病院に運ばれてくる患者も急増します。
都内南西部の精神科、X病院で200人規模の大クラスターが発生。今回のクラスターでは、とくに重症の患者が松沢病院に多く送られてきました。コロナの症状の悪化に加えて、基本的な体のケアが十分なされていない患者も目立ちます。なかには、骨にまで達した重度の床ずれがある患者もいました。
X病院でのクラスターは、発生から2週間以上がたっても収まる気配はありません。
内科医:(X病院の)全病棟でクラスターが起きていて、患者さんの人数が半端ないですね。一つの病棟では60何人全員(陽性)なっているので。
内科医:ちょっと壊滅的な状況だと思う。
X病院は最終的に患者190人、職員59人の合計249人が感染。都内最大規模のクラスターとなりました。
感染が広がっていく様子を目の当たりにした人がいます。X病院から松沢病院に運ばれた、統合失調症の男性Nさんです。陽性者と陰性者が混在する大部屋で自らも感染したと、病室のベッドの配置を描きながら説明します。
「病院の中で『病気(コロナ)の人がどっかで出ている』と言われて、言われた段階でどうしようもなかったんですよ。恐怖ですよ。保健所に電話して、『感染が広がっていて、即退院したい。このままだと自分が(コロナに)かかって死んでしまうから即退院したい』と言ったんですけど、退院できない。逃げるに逃げられなくて。社会に殺されるなと思った」(患者のNさん)
感染の拡大を防ぐ手だてはなかったのか、X病院は取材に応じませんでした。しかし関係者の証言から、現場で起きていたことが分かってきました。
「一般の病院に比べて建物も古いし、中も汚いし。体を右とか左にむける体位交換枕の数が十分でなかったり。物品も不足気味というか、あまりそろっていないような、(古い)精神科病院特有の環境ですね」(X病院の医療スタッフAさん)
番組が入手した病院内部の写真を見ると病棟は古く、築60年以上。個室は少なく、畳敷きの病室に所狭しと布団が並べられ、患者同士の距離を保つのが難しい状態です。
コロナが発生した直後、X病院はすぐに保健所に連絡して指導を仰いでいました。それに対する保健所の指示は、「なるべく隔離する」こと。ただし、「陽性者を別の部屋に移すことは、個室や空室がない状況では行わない」というものでした。
しかし、X病院では患者の隔離は難しかったと言います。
「ほぼ満床に近いというか、どの部屋も埋まっているので、患者さんをどこかに移動させることができなくて。保健所は、元々いる部屋から動かさないほうがいいという指導だったので、各部屋にとどまっていただいた状態でした」(X病院の医療スタッフBさん)
「感染していない患者さんも大勢いたんですよ。その人もみんな陽性扱いにして、病棟全体をレッドゾーンにして閉じ込めてしまうのが心苦しかったです。みんな感染しちゃって、陽性になって治っちゃえば解決だ、みたいな」(X病院の医療スタッフCさん)
なぜ陽性患者を動かさないよう指導したのか。保健所に取材を申し込むと、次のような回答が返ってきました。
入院患者が病棟内を自由に行動しており、病室内に隔離することが困難。入院患者は感染者以外が全員濃厚接触者となる、などの状況がありました。そのため、病棟の患者のいるスペース全体をレッドゾーンとし、ナースステーションをグリーンゾーンとするゾーニングとしました。
(保健所の回答)
結果的に、感染は4つの病棟すべてに拡大。患者全員が陽性になる病棟も出るなど、深刻な状況が発生しました。さらに、職員の3割ほどが感染したことで事態は悪化します。
精神科病院では、一般科に比べ、医師の数は3分の1、看護師は3分の2でよいと定められています。X病院も基準に沿った人数で運営していました。ただでさえ少ない職員が感染で欠けることとなり、危機に陥ったというのです。
「日々患者さんが熱を出して、陽性者が増えていく状況。なんとか自分はかからないようにするのが精いっぱいでした。病棟によってスタッフもほぼ全員が陽性になるぐらいのところもあったので、日々精いっぱい、熱を測って、薬を飲んでもらって、食事をして、最低限必要なところしかできなかったですね」(X病院の医療スタッフAさん)
「感染して出勤できなくなる職員が多くなって、ひどいときは(1人で患者を)20人くらい受け持ったこともありました。ギリギリ以下の人数でやっていましたので、どうしても患者さん一人一人に対する時間は格段に減ってしまいました」(X病院の医療スタッフBさん)
病院でみとりをするケースも少なくありませんでした。
「呼吸状態が悪くなって、家族も転院を望まれたんですけれども、転院先が見つかる前に亡くなられ方もいました。もっとちゃんとした治療ができれば助かったかもしれないと思うと、亡くなった患者さんに対して、自分が無力だと思いました」(医療スタッフCさん)
患者の隔離もままならない古い病棟の構造。そして脆弱な医療体制。そこに襲いかかった新型コロナ。X病院では249人が感染、8人が死亡しました。
精神科病院にしか居場所がない患者たち
2020年4月以来、松沢病院のコロナ専用病棟に運ばれてきた患者は300人以上。患者と家族の関係も、人によって千差万別です。
松沢病院でコロナの治療が終わった患者は、元の病院で精神疾患の治療を受けることになっています。統合失調症の60代の男性は、クラスターが起こったX病院に30年以上入院していました。
この日、松沢病院からX病院に戻るため、兄が迎えに来ました。
「(入院は)平成元年からだから、もう30何年です。(入院のきっかけは)家庭内暴力だと思いますよ。年に一度、夏休みに1泊2日で(家に)泊めるんですけど、対応できないです。我々にとっては、夜中に徘徊されて探しまくったり、夜も眠れないような状態で、面倒をみるのはちょっと無理ですね。(病院に)住み慣れちゃうと、ホームというか家みたいな感じになるんじゃないですか。(病院に)知り合いもいっぱいいるし。(長期入院に)納得しているのかどうか分からないですけど」(男性の兄)
弟の世話は長年、父親がしていましたが、数年前に他界。いま、面倒をみているのは兄だけです。
弟:ああ、お兄ちゃん。
兄:おう。顔色は良さそうになったな。食事は大丈夫? 全部完食してる?
弟:うん。アイス…
兄:分かった、分かった。病院に着いたら買ってあげるから。それまでおとなしくしてね。
自身だけが弟の面倒を見ている現在の状況に、将来の不安を感じずにはいられないと言います。
「(他の家族は)一切関わっていないですね。私だけにお任せって感じです。だから私が死んじゃうとちょっとやばい。息子たちが面倒みるのかといってもね…。兄弟だから、寿命がくるまで苦しませたくない。安楽死できればいちばんいいんでしょうけどね。まあ安楽に死ねないだろうな、今の状況じゃ…」(患者の兄)
家庭にも地域にも居場所のない長期入院の患者たち。その受け皿が精神科病院しかないことに、松沢病院のスタッフはじくじたる思いがあります。
「X病院がなくなったら、あの人たちの居場所が本当になくなる。何かあったときに、家族に押し付けられるでしょう、みたいな。精神科病院にいられなくて、地域にもいられないってなったら、もう見えないところに行ってくださいって話になっちゃうじゃない? それはちょっとなあ…。だから必要悪なの? もうねえ、分からなくなってくるよね」(精神保健福祉士)
「患者さんを退院させるときにいちばんの抵抗勢力は社会だからね。『そんな人を退院させるんですか?』って。陰に陽にそういうことが起こる。自分の問題としてはみんな考えたくない。精神科の病院の塀はなぜできるかっていうと、『あの向こう側は知りませんよ』と。きれいな緑があって、『あの奥に患者さんを入れておいてください』と。見たくないんだよ、自分が怖いものを。病院の精神医療というのは、そういう構造を持っていると思います」(齋藤院長)
人権が守られない病院
2021年2月。東京都西部にあるY病院で大規模なクラスターが発生し、松沢病院にも多くの患者が運び込まれてきました。
Y病院から送られてきた2人の患者を取材すると、ある問題行為がY病院で行われていることがわかってきました。
患者の証言によると、大部屋に陽性患者を集め、外から鍵をかけていたというのです。
「勝手にスタッフが南京錠とドライバーみたいなものを持ってきて、患者たちには知らせずに、了解もなしに外で作業をやり始めて。『なんでつけるんですか?』と聞いたんですけど、『すぐ閉めるわけじゃないから心配すんな』と言われて。でも結局、鍵を閉めた」(患者のTさん)
「鍵は外側から2個。(病院の人とは)ドアと壁の隙間から話すんです。(鍵は)開けてもらえないです。開けるのは、ごはんのときとかお薬のときだけ」(患者のMさん)
トイレのプライバシーもありません。
「畳の部屋に布団が敷いてあって、その真ん中にポータブルトイレが置いてあって、そこに全員する感じです。(間仕切りは)全然ないです。プライバシーは一切ないです」(患者のTさん)
患者たちは放置され、病院スタッフを呼んでも来なかったと言います。
「ナースコールもない。ナースステーションも遠いですし、声もなかなかというか、絶対に届かない。何かもう、みんな絶叫でしたね。『水!水、水!』、ドンドンドンドンみたいな、ドアを力いっぱい叩いて呼ぶっていう」(患者のTさん)
Y病院にはクラスター発生以降、保健所が複数回、感染症対策の指導にあたっています。しかし、その実効性には疑問があると患者たちは証言します。
「保健所が患者が入院している状況をなぜか見なくて、すごく不思議に思った。お風呂も入れてもらってないし、こんな汚い環境で暮らしているのに、なんで保健所の人はこっちを見ないんだろうってすごく疑問に思った。見てほしいからコンコンコンコンってノックしても全然気づいてもらえなくて」(患者のMさん)
患者たちの証言は本当なのか。保健所に取材を申し込みましたが、「お答えできない」という回答でした。一方、Y病院はクラスターの発生を公表していません。病院にも取材を申し込みましたが、回答はありませんでした。
クラスターが発生したY病院には、松沢病院と東京都がコロナ対応のための支援に入りました。その報告会では、感染状況とともに、南京錠での隔離が行われていた事実が報告されました。
事態を重く見た医師たちの間で議論が沸き起こります。
「座敷に6人の陽性患者を入れて鍵をかけている病院から患者を受け入れて、『治ったら(元の病院に)帰しましょう』だけで済む問題なの? 精神科に携わる我々としては、この人たちの人権のことをもっと考えなければいけない」(松沢病院 精神科部長)
報告会が終わっても議論は尽きません。
精神科部長:患者さんたちが犠牲者なんですよ。そこにひずみがいってると思うんですよね。
齋藤院長:だけど、すごく微妙な問題なので。精神科の病院が倒産していって、患者さんが放り出されて、世の中はそれを受け入れる素地がないわけだから。そのへんのあんばいを見ながらやっていかないと…。でも、気持ちはよく分かる。
齋藤院長は報告会を振り返り、精神医療が抱える難しい問題を指摘します。
「あれ(Y病院)が日本の精神医療の標準なんですよ。僕らが付き合っているのはいい病院というか、リードしている病院。そういうところはみんなそれなりに頑張って、患者さんの権利を考えてしっかりやっていますよ。だけど、息をひそめて『何だ、この病院?』みたいな病院は、似たり寄ったりなんだよ。それに今、『こんなんじゃだめだ』と言っている余裕があるのか。そんなこと言ったら、患者さんは行き場所がなくなっちゃうんだから。(そうした病院が)つぶれたら、もっとしょうもない病院に行くことになるわけでしょう。だから現実的に、ベストじゃなくたって、何がベターかを考えながら行動しなきゃいけないんですよ」(齋藤院長)
指導を行う立場にある東京都は、Y病院に支援に入った際、鍵をかけての隔離を現場で確認していたと、東京都精神保健医療課 の担当者は語ります。
「精神保健医療課の担当者も現地で確認している。その場で問題だなということだったんですけど、その時点ではコロナ対策で入っていましたので、まずはその状況を確認したうえで持ち帰ったと。その後、改めて対応を協議して、医療安全課から病院に指導をして改善を求めたという状況です」(八木さん東京都精神保健医療課担当者)
一方で、東京都医療安全課は指導の詳細について回答を拒否。理由は「病院の運営に支障が出る可能性があるため」でした。
東京都がY病院へ指導をしたあとも、南京錠での隔離は続けられたと患者は言います。
「南京錠で閉めていたのに、『保健所の人が来る』といったら鍵を外しはじめて、ずるいなと思った。それで、保健所の人が帰ったら(鍵を)閉める」(患者のMさん)
「(保健所が来た)そのときだけは南京錠を外す。それで保健所の人も中の部屋まではしっかり見ていかなくて。ただ廊下をすっと通って帰ったという感じだった。看護師さんたちはそれでOKみたいな。私たちにも『保健所の人たちは何も言っていなかった。大丈夫』みたいなことを言っているし、患者なんてどうでもいいんだと思いましたね。はっきり言って、保健所の人がちゃんと見てくれなかったのは、すごく悔しかったです。ちゃんと見てくれればよかったのに」(患者のTさん)
患者たちの証言は事実なのか。保健所と病院に取材を申し込みましたが、回答は得られませんでした。
最終的に、Y病院のクラスターでは、入院患者239人のうち115人が感染。6人が亡くなりました。
クラスターが発生する度、少ないスタッフでコロナと精神疾患、両方の対応を迫られた精神科病院。
また、日本精神科病院協会による調査では、陽性患者のうち、6割もの人が感染症に治療ができる病院に転院できなかったことが明らかになりました(※)。精神疾患があるが故に受け入れを拒否され死亡したケースや、保健所に「そのまま病院でみとってほしい」と言われたケースもありました。
※ 出典:日本精神科病院協会調べ
弱者が守られる社会を
都立松沢病院の新型コロナ専用病棟では、今もクラスターが発生した精神科病院からの患者を受け入れ続けています。松沢病院を率いていた齋藤正彦さんは、2021年3月末に院長を退任。
いまは、一人の医師として、現場の最前線に立つ日々です。
「この病院にコロナウイルス感染のために送られた人たちは、社会的にパワーのない人たちばかり。守ってくれる家族もいないし、家もない。長いこと精神科の病院にいて、社会から全く根を切られちゃった。世の中に何かが起きたときに、ひずみは必ず脆弱な人のところに行く。社会には弱い人たちがいて、僕らの社会はそれに対するセーフティーネットをどんどん細らせているのだと、もう一度思い出すべきだと僕は思う」(齋藤さん)
精神科病院でのクラスターについて、実態を示すデータは存在していません。番組が専門家とともに独自に調査したところ、全国で少なくとも145の精神科病院で感染者が発生。分かっているだけで、4600人を超える人が陽性となっています。
※この記事はETV特集 2021年7月31日放送「ドキュメント 精神科病院×新型コロナ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。