ルポ 死亡退院 精神医療・闇の実態

NHK
2023年6月26日 午後1:06 公開

2023年2月、東京都八王子市にある滝山病院で虐待が発覚しました。看護師ら2人が逮捕、2人が書類送検され、監督する東京都が改善命令を出す異例の事態となっています。取材班は、内部告発による映像や音声記録を独自に入手、「病院で何が起きていたのか」「その背景に何があったのか」調査を進めてきました。1年以上にわたる調査ルポの記録です。

突然の訃報 ある弁護士の後悔

東京都八王子にある滝山病院。病床数は288で、精神障害や認知症があり、人工透析が必要な患者が多く入院しています。

2022年、番組は滝山病院の内情を告発する多数の映像と音声を入手しました。

記録されているのは、精神障害のある人たちが病院内で虐待を受けている様子です。

 

准看護師A:おい!なんでこぼすんだよ!

患者:すいません…

准看護師A:すいませんじゃねえよ!日本語わかんねえのか?オラ!

看護師B:また泣くのか?泣いたらゲンコツで叩くぞお前!

(内部告発の音声より)

 

准看護師:うっせえな、殺すぞ!(ボコッ)忙しいの見てわかんねえのか、この野郎!

看護師:本気でいこうか?もっといくぞ本気で。(ボコッ)どうだよ、本気でいったら。

患者:痛い!

看護師:もっと本気でいくぞ。腕の骨折るぞ。

准看護師:ぶち殺していい?やっていい?よし!

患者:あああああ…

(内部告発の音声より)

 

この病院で一体何が起きているのか。取材を進めると、浮かび上がってきたのは、精神医療の知られざる一面でした。

弁護士の相原啓介さんは、入院患者からのSOSを受け、その支援にあたっています。相原さんがこれまで支援してきた患者は10人。そのうちの一人、幸田清さん(仮名)には知的障害があります。統合失調症を発症し、慢性腎不全のため、人工透析を受けていました。

相原さんは幸田さんと2022年4月に面会し、その様子を映像に残しています。

幸田清さん(仮名)

幸田さん:僕はこのまま(家に)帰りたいです。(病室に)帰ったら殺されちゃいますよ。

相原さん:また殴られたりしそうですかね?

幸田さん:はい。

相原さん:夜は縛られたりしてないですか?

幸田さん:たまにあります。●●さんって人に縛られました。これを言った以上、(病室に)戻れません。「チクった」と言われて殺されます。

相原さん:私は弁護士なので、ほかの人に絶対言ったりしないので大丈夫ですよ。

幸田さん:でも聞いてるかもしれない…。もう帰りたくないです、あそこの元の病室には。だって、折檻受けたんですよ、透析室で。もうつらい思いしたくないですよ。

相原さん:病室に戻るのつらい?

幸田さん:はい、怖い。夜も眠れなくて、もう気が変になりそうですよ。うわー(泣く)

相原さん:とにかく急いでちゃんとした所、移れる所を探しますので。

幸田さん:お金ならいくらでも出します。僕は死にたくないです。家にも帰りたいし、本当はお母さんのところに戻りたいのに…

(相原さんが撮影した面会映像より)

 

内部告発の映像には、病棟での幸田さんの記録も含まれていました。

 

幸田さん:いま働いている人…

看護師:うるせえよ。寝てろっつってんだろ!

幸田さん:でも、もうすぐご飯だから。

看護師:まだいいよ。ご飯のときには起こすから。ご飯まで静かにしてろ。

幸田さん:はい。

看護師:泣かねえで。うるせえな!

幸田さん:はい。

看護師:聞きたくねえ!黙ってろ!

幸田さん:はい。

(内部告発の映像より)

 

相原さんとの面会から病室に戻ったときの様子も、映像に残されています。

 

内部告発の映像 病室

准看護師A:第二会議室って、あんな所になんで連れて行くの?

准看護B:あそこでなきゃだめなんだと。

准看護師A:誰が?

准看護師B:弁護士が。

准看護師A:ふざけんじゃないよ!

准看護師B:何聞かれたのあんた?

准看護師A:あなた何言ったの?

看護師:なんで弁護士が来たんだよ!

幸田さん:わかんない…

看護師:わかんねえ?

(内部告発の映像より)

 

幸田さんは、家族に宛てた手紙を書いていました。

 

「イジメにあっております。いま精神的にはとてもしんどいです。助けてください」

(幸田さんの手紙より)

幸田さんが書いた手紙

しかし、手紙はカルテに挟まれたまま、家族には届いていませんでした。

幸田さんの退院を進めるため、相原さんは1週間後に福祉関係者を連れて再び面会。手続きは順調と思われた矢先、突然の訃報が届きます。

「福祉関係の方をお連れして(幸田さんに)会いに行って。福祉関係者は『これいけますよ、地域で暮らせますよ。退院できます。だから頑張りましょう』という見立てだった。じゃあ、とにかく最速で動こうと思っていたら、面会の2~3週間後ぐらい、最初にお会いしてからひと月も経っていないうちに、突然急死されました」(相原さん)

幸田清さん享年46。死亡診断書には「急性心不全」、原因は「不詳」と記されていました。相原さんは、虐待による死亡の疑いがあるとして警察に相談。司法解剖が行われましたが、因果関係は認められませんでした。

 

弁護士 相原啓介さん

「自分の中では、あのとき連れて帰らなかったから彼は死んだという思いがものすごくあります。すごく強烈なことでしたね。そのことがあってから、とにかくどんな人から相談が来たとしても、背景事情にかかわらず、片っ端からこの病院は1秒でも早く逃がさないといけないと、はっきり線を引くようになりました。なので、お金の話は飛ばすことにしよう。ボランティアでやらせていただくと最初にお伝えしたうえで、相手がお金を持っていようがいまいが、そういう形で入ると決めてやっています」(相原さん)

“閉ざされた病院” 違法な身体拘束、監査逃れが常態化

内部告発の映像には、男性が体をベッドに縛り付けられる「身体拘束」の様子も残されていました。身体拘束は医師の指示で行い、記録を残すことが法律で定められています。しかし、拘束を受けていた男性のカルテや台帳に拘束の指示はありませんでした。

身体拘束の様子

滝山病院で行われている身体拘束について、複数の病院スタッフが匿名で証言します。

 

「転んだら困る。そこらへんを汚されたら困るから、面倒くさいことにならないように(身体拘束する)。患者さんは手足を動かせない状況になってしまうので抵抗しますけどね。そのときはスタッフが集まって手を押さえて拘束して」(病院スタッフ)

「監査が来るとき私もいたけど、一斉にみんなで手分けして拘束帯を集めて隠しました。こういうのが日常茶飯事で行われているのはおかしい。看護師長に『指導してください』と言いました。でも、それから態度が変わって、看護師長から『ばかじゃないの』とか『うそつき』と怒鳴られるのが始まった。ここでは気を許して話しちゃいけないんだなと思いましたね」(病院スタッフ)

病院スタッフ

 

日本の精神科病院では、一般科に比べて医師の数は3分の1、看護職員については4分の3でよいとされています。滝山病院では、夜の病棟は49人の患者を3人のスタッフで診ていました。そして職員の9割がアルバイトなどの非常勤です。

 

看護師長A:(一般的には)常勤が8割いて2割がバイトっていうんでいいけど、うちはその逆じゃん。

准看護師:結果的に患者さんへのサービスが低下するのはもう目に見えている。

看護師:しょうがないじゃん。だって1人にすごいいっぱい手がかかる人もいるじゃない。

看護師長B:私もね、本当にうるさいな、ここの連中はと思って。何回も怒鳴ったり、怒ったりしたこともあるけど、虐待っていうのはどこにでもあるんだと。確かにあるよ。患者さんへの言葉の暴力もあるし、この病院の中、日常茶飯事じゃん。

医師:そうね。

(内部告発の音声より)

 

2月15日、警視庁が滝山病院に捜索に入りました。患者への暴行の疑いで看護師1人を逮捕。3人のスタッフの捜査も進めています。さらに、病院を監督する立場にある東京都も調査を始めました。

違法行為について病院に問い合わせたところ、「虐待行為などを認めていたことはなく、監督指導を尽くしていた」と回答。違法な身体拘束や看護記録のねつ造については「そのような認識はなく、調査を行う」としています。

“必要悪” の病院

滝山病院は50年以上に渡り、地域の精神医療を担ってきました。なぜ虐待行為が見過ごされ、病院は存続し続けてきたのでしょうか?

番組では取材を進める中で過去10年分、1498人の患者リストを手に入れました。患者の連絡先を見ると、「家族は音信不通」「関わりたくない」といった記述が目立ちます。

滝山病院の患者リスト

「『うちではみられないので』と、ご家族の方から言われることはよくあります。暴力を振るわれたりとか、夜中に奇声を上げてご近所を徘徊したりとか。家族は社会的立場とかもあるし、心身も疲弊していって・・・。入院して1か月くらいしたら、ご家族はもう全然面会に来られなくなって、例えば『ご飯も食べられない状態になってます』と病院側からご家族の方に連絡しても、『そのくらいで連絡してこないでください』というご家族もいらっしゃいました」(病院スタッフ)

病院スタッフ

浮かび上がってきたのは、負担を抱えきれなくなった家族が病院を頼っている実情でした。

 

院長:だから、結局患者じゃないんだよね。

看護師長A:家族。

院長:そう、家族。家族が「捨てたい」って言ってくれりゃいいんだよ。「帰ってきては困る」とかさ。死んじまってもいいのとかね。そういうところがあれば、ずっとここに置いておくのに。死んでもいいですよというのなら、それこそここに置いておいて、もうちょっとね…

院長:(病院に)来た人で、死んじゃった人の共通項は、みんなどっかに、ファミリーとか患者に問題がある。

(内部告発の音声より)

 

患者リストの取材を進めると、患者が滝山病院に来る別の理由もわかってきました。それは、ほかの精神科病院からの転院です。

東京都内で人工透析の治療ができる精神科病院はごくわずか。各地から滝山病院へ、人工透析が必要な精神障害のある患者が多く送られていました。

 

都内の精神科病院職員

 

「滝山病院は内科の身体症状が合併して、かつ高齢という方の受け皿の病院です。身寄りがいない、どこの病院でも受けてもらえない、施設にも入れないと、ずっとそこの病院で入院継続せざるをえない。そうすると、そういう方を(滝山病院に)お願いせざるをえない。よく『滝山に行ったら最後』と言われています。暴力行為とか、評判は悪いし、関わりたくはないけど、結局受ける滝山病院にとっても、出すほうの病院にとっても、お互いのためになってしまっているというか、必要悪」(都内の精神科病院職員)

 

さらにリストからは、行政との関係も浮かび上がってきました。患者1498人のうち54%が生活保護を受給していることがわかりました。

一体どういうことなのか、東京23区など26の自治体にアンケート調査をおこなった結果、精神障害のある患者の受け入れ先が少なく、生活保護を担う行政が滝山病院を頼っている実情が見えてきました。

滝山病院に多くの患者を送っていた自治体で、ケースワーカーを務めていた男性が証言します。

「生活保護の窓口では、“滝山病院”という単語はよく聞く名前ですね。福祉事務所のワーカーは、業務が過大になって非常に疲弊している状態です。精神科の患者さんはそれだけ濃厚な支援が必要ですから、行き場がない人を福祉事務所がどうするのか、対応に困難を極めます。そういった意味では、(滝山病院は)入院させてそのままお付き合いが薄い状態で入れっぱなし。だからありがたい病院だなと。滝山病院で生活保護(の患者)を受けてくれるなら、自然とそこに多くいっちゃう」(元ケースワーカー)

一方、生活保護受給者を入院させることは、病院にとってもメリットがあると話す専門家もいます。国の社会保障審議会の委員でもある、明治大学教授の岡部卓さんです。

現在、国の生活保護費はおよそ4兆円。その1割にあたる4000億円が、精神科・神経科での入院費です。こうした状況を生み出している背景には、病院と行政双方の姿勢があると岡部さんは指摘します。

明治大学教授 岡部卓さん

「生活保護費は公費でまかなわれているので安定した収入が得られる。医療費を取りっぱぐれることはない。利害関係者同士が調整しながら『これくらいでいいね』と差配しているから、こういうことになっているのでしょう。そこには患者不在だし、(患者が)捨てられている、あるいは押し込まれている、あるいは囲まれている。医療機関の中に囲まれた、いわゆる棄民(きみん)政策といってもよいのではないでしょうか」(岡部さん)

繰り返し起きる精神科病院での問題

家族や病院、そして行政からも受け皿として必要とされてきた一部の精神科病院。これまでも問題は繰り返されてきました。

今から40年ほど前。報徳会宇都宮病院で看護師が鉄パイプで暴行を加え、患者2人が死亡する事件が発覚。無資格での診療行為なども明らかになり、逮捕者が続出しました。ところが病院は今も存続。去年からは強制入院を巡る新たな裁判が行われています。

2020年3月には、神戸市にある神出(かんで)病院で患者への集団暴行事件が発覚。看護師ら6人が逮捕され、有罪となりました。病院関係者によると、入院患者のおよそ3割が生活保護受給者で、関西一円から患者を受け入れていたといいます。

事件の調査にあたった第三者委員会の報告書によれば、病院では虐待や違法な身体拘束が横行。退院する患者のうち、死亡している人が4割を超える年もありました。

さらに、前理事長に8年で18億円にも上る報酬が支払われていたことも明らかに。報告書は、病院を監督する神戸市と兵庫県を「職務怠慢」と強く非難しました。

第三者委員会のメンバー、弁護士の林亜衣子さんが行政の問題点を指摘します。

弁護士 林亜衣子さん

「行政が自らの監督権限を適切に行使して、病院に事前の通告なく立ち入り調査に行ったりして、問題を摘み取る必要があるのではないか。社会悪だとか必要悪だといって、目をつぶってしまうのはよくないと思います。だってその『悪』とされるものを受け入れることを、患者さん自身は是としてないはずですから」(林さん)

事件から2年半が過ぎた去年11月。病院と兵庫県、そして神戸市の三者による、再発防止に向けた協議が初めて行われました。

再発防止に向けた協議の様子

 

会合のあと、県と市の担当者に、病院に対して業務停止などの処分を検討するか聞きました。

「我々のほうで文書指導はさせていただきましたが、改善が見られていますので、業務停止とかは考えていません」(兵庫県保健医療部医務課長 波多野武志さん)

「市としては、患者さんが今後そういったことが起こらないように、病院と一緒に取り組みを進めていきたいと考えております。病院と一緒にと言いますか、もちろんこちらもしかるべき命令をしたり、するべきことはして、一緒にやる。患者さんのためにやっていきたいと考えております」(神戸市保健局保健所担当部長 萩野一郎さん)

虐待を受けた患者の多くは、今も病院にとどまったままです。

病院を監督する東京都の責任

警視庁の捜索が入った滝山病院の指導監督の責任は東京都にあります。取材に対して、都は「定期的な実地指導、立入検査を実施してきたものの、虐待の事実は認められなかった」と回答しました。

東京都による滝山病院への指導監督の報告書を確認すると、暴行等による人権侵害については4段階評価で「B」判定。身体拘束については多くが「A」判定と高い評価です。少なくともこの6年間、改善命令といった強い指導は行われていませんでした。

東京都の報告書

 

精神科病院で虐待など不適切な状況が改善されないことについて、国はどのように捉えているのか。厚生労働省精神・障害保健課の林修一郎課長に、行政の監査が機能しているのか尋ねました。

「私たちは直接監査する立場というよりは、都道府県に監査の基本的な枠組みをお伝えして、しっかりやってくださいとお伝えする立場にあります。極端にルールを守っていない医療機関はあってはならないし、そういったものがたくさんあるとはもちろん思いませんけれども、そういったことがあれば厳正に対応していく必要があると思います」(林課長)

そして、“死亡退院”へ

負担を抱えきれなくなった家族、合併症の治療ができない精神科病院、そして生活保護行政。過去10年間、1498人の患者たちはさまざまな理由で滝山病院に入院してきました。

そして、退院理由の大半は「死亡」。入手したリストによると死亡退院は1174人で、全体の78%にも達していました。

滝山病院の退院理由

川﨑澪子(みおこ)さんは去年1月、滝山病院に入院していた夫の鋼一さんを亡くします。タクシードライバーだった鋼一さんは糖尿病を患い、人工透析を受けていました。認知症が進み、介護が困難になったとき、通っていた病院から紹介されたのが滝山病院でした。

 

川﨑鋼一さんの遺影

 

カルテには、腰に大きな褥瘡(じょくそう)ができていたことが記されています。褥瘡は2週間で拡大し、皮膚が壊死して内部の組織がむき出しになっていました。しかし、適切な治療を行った形跡がありません。

 

看護師:痛え、痛え、言わなくていいぞ。体の向き変えるだけだから。

川﨑さん:ああっ、痛い!

看護師:うるせえな。

(内部告発の映像より)

 

褥瘡ができると、ウイルスや細菌に感染しやすくなります。鋼一さんには発熱、肺炎などさまざまな症状が出ていました。亡くなる3か月前の鋼一さんの映像を見ると苦しそうな様子です。しかし、コロナ禍で家族は面会ができませんでした。

「看護師さんから『床ずれができてます』と言われて…。だから普通の、軽いと思っていました。そんなひどくないと。ひどいですね。痛かったでしょうね…」(妻の澪子さん)

一昨年の12月、鋼一さんが一時心停止になり、病院から急を知らせる連絡が入りました。病室に駆けつけた息子の憲治さんがそのときの様子を振り返ります。

「『集中治療室にいるから』という話で、(病室に)入ったらマスクして意識がない状態で。見るからに苦しそうな感じで、管がいっぱいつながれている状況で。集中治療室というよりも、むしろ普通の部屋。10人以上いたかな、20人くらい苦しそうな方がいっぱいいて。失礼な話、ちょっと異臭もして、本当に大丈夫かなと感じました」(憲治さん)

鋼一さんの変わり果てた姿を見た憲治さんは悲しくなり、延命治療を望まない決断をしました。

「治療してもどうなんだろうという話を二人でして。もうこれ以上は(治療を)やめたほうがいいんじゃないのかと先生に伝えた」(憲治さん)

家族が継続的な治療を望んでいないにもかかわらず、鋼一さんのカルテには昇圧剤や栄養剤など、多くの薬が1か月以上に渡って投与され続けたことが記録されていました。

日本最大の精神科病院で内科部長を務めていた医師の小野正博さんに、鋼一さんのカルテや看護記録を見てもらいました。

 

小野正博さん

 

「普通の精神科の病院ですと、こういう治療は到底できないと思います。寿命がいたずらにというのも変ですけど、寿命が延びるわけですね。アルブミン(たんぱく質)をやったり、輸血をやったり、寿命は確かに延びているんだけど、根本的に病気がよくなっていない。ご家族も希望されていないということなので、一体何のための治療だったのかと、残念ながらなってしまうと私は思います」(小野さん)

治療が続けられること1か月半。2022年1月、鋼一さんは息を引き取りました。

「遺体を回収しに行ったときに、病院の裏に安置されていて。物置のところに案内されて『ここにご遺体ありますから』と言われた。もう人として扱っている状況じゃないですよね。(治療を)『もうやめて』とお願いしたのに、かわいそうなことをした」(憲治さん)

川﨑鋼一さんの遺体が安置されていた物置

滝山病院 朝倉重延院長

今から22年前、埼玉県にあった朝倉病院で、40人ほどの入院患者が不審な死を遂げるという事件がありました。さらに、患者の身体を違法に拘束し、過剰な栄養点滴など必要のない治療を行い、診療報酬を不正に得ていたことも明らかになりました。

 

事件当時の朝倉病院

事件後、朝倉病院は事実上の廃院となり、院長は保険医の資格を取り消されました。この病院で院長を務めていた人物が、滝山病院の朝倉重延院長です。

番組は院長に対して取材を申し込みましたが、病院は「捜査機関や行政の調査に協力しており、その中で真相が明らかになると思う」と回答しました。

 

滝山病院 朝倉重延院長

 

保険医の資格は、法律では5年で再申請が可能です。ただし、厚生労働大臣が「著しく不適当」と認めた場合などには登録ができません。再び登録されていた滝山病院の院長について厚生労働省に尋ねると、個別事案については答えられないという回答でした。

 

厚生労働省からの回答

 

2022年12月。相原弁護士の尽力により、滝山病院に入院していた1人の女性の転院先が見つかりました。入院期間は7年でした。

社会から隔絶され、関心があまり向けられない“閉ざされた”精神科病院。滝山病院では、家族やほかの精神科病院、そして行政から“必要悪”とされる中で、虐待や違法な身体拘束が行われ、多くの患者が死亡退院となっていました。事件をきっかけに、日本精神科病院協会・東京支部は虐待防止委員会の設置を表明。国会での質疑も相次ぎ、東京都は病院に対し改善命令を出す結果となりました。しかし、こうした問題が繰り返されないためには、背景にある日本の精神医療のあり様、それに対する世間の意識の変化が求められています。

 

※この記事はETV特集 2023年2月25日放送「ルポ 死亡退院 精神医療・闇の実態」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。